チャーチル、アイゼンハワーを乗せ、モンティ元帥が愛した「ロールス・ロイス・ファントムIII」の数奇な物語

1937年ロールス・ロイス・ファントムIII(Photography:Tim Andrew)



個人車から軍用車に転身
忠実な愛国者であったバトラーは、1940年に戦争が始まるとすぐに、戦争省に自身のファントムIIIを寄付すると申し出た。その際、次のような3つの条件をつけた。(1)国外に出さぬこと。(2)彼がしていたように、ロールス・ロイス社で訓練されたドライバーが運転すること。(3)車はロールス・ロイスが管理し、適宜必要な整備行うというものであった。ファントムの登録番号は、軍用登録16YF66に変更され、幕僚長や英陸軍の専門職高官用として使われることになった。

1939年、このファントムは、本土防衛計画のため新たにフランスから帰任した長身のスコットランド人、ウィリアム・アイアンサイド将軍に割り当てられた。パーシー・パーカー軍曹は、この時初めて、その後6年間にわたって自分が運転を担当することになる車に出会った。ドライバーおよびメカニックとしてロールス・ロイス社から褒状を受けたパーカー軍曹は、第一次大戦後フランスで無名戦士の遺体をエスコートして最後にフランスを後にし、第二次大戦では最初にフランスに入った経験がある。両大戦の間、1925年に崩御されたアレクサンドラ女王と、1935年に亡くなった娘のヴィクトリア王女のショーファーを務めた(1906年14HPルノーを長年、御料車として使用)。「慌ただしくダンケルクから戻ると、ホームフォースの本部として一時的に使われていたリッチモンドのネラーホールに出頭し、アイアンサイド元帥に仕えよと言う指示の電報を受け取ったのです」

しかし、英国の防衛についてのアイアンサイドの計画は多くの批判を浴び、彼はたった2カ月で陸軍省からアラン・ブルック将軍と交代することを告げられた。その際、アイアンサイドはブルック将軍がファントムIIIを彼の専用車として引き継いで使えるよう手配した。「サー・アランはファントムと私に非常に満足し、私たちはサー・アランが1946年に一線を退き名誉職である英連邦司令官に任ずるまでともに過ごしました」とパーカーは言っている。

パーカーの回想録には、数年間に亘ってファントムの後席で戦時の秘密が話し合われ、歴史が作られたと記されているが、ショーファーの耳が大きくならぬよう、その間はパーティションが上げられていたことは言うまでもない。キングジョージVI世、ウィンストン・チャーチル、アイクことドワイト・D・アイゼンハワー、およびカナダやオーストラリア、ニュージーランドの総理大臣ほか、英軍の司令官たちが後席に座っている。ブルック将軍のファントムでの外出のうちの1回は、城の防衛について協議するウインザー城でのロイヤルファミリーとのランチであった。

モンティの元へ
アラン・ブルックが1946年に退役した時、ファントムIIIは6年ぶりにオーナーのアラン・バトラーに返却されたが、すでに走行距離が30万マイルに達していたため、バトラーは適正な価格で買い取るよう戦争省へ申し入れた。これが認められ、ファントムはその後、英国の最も有名な陸軍元帥、"モンティ"ことモントゴメリー子爵に割り当てられた。モントゴメリーは元帥として1944年6月のノルマンディ上陸作戦(Dデイ)を指揮した英雄であった。ちなみに、モンティがノルマンディ上陸作戦の際、ジュノービーチに持ち込んだロールス・ロイスは1939年のシルバーレイス(シャシーナンバーWMB40)で、モンティはこのシルバーレイスを1964年まで愛用した。

話を元に戻すと、モンティは元バトラーのファントムIIIをことのほか気に入り、軍の公用車として使用した後も、ウエスタンユニオン会長の職、NATOの前身である欧州代理人最高指令官などを歴任しリタイヤするまで使い続けた。これら使用期間中に訪れた先は、ダウニング街10番地の首相官邸、陸軍省、北大西洋条約機構(NATO)連合海上司令部、欧州連合軍最高司令部などであった。

ウィンストン・チャーチルは、最も気難しい乗客であったかもしれないとパーシー・パーカーは回想している。漆黒の闇夜に、ロンドンから首相専用のカントリーハウスであるバッキンガムシャーのチェッカーズに戻る時、なぜかイライラしていた彼はパーカーを急かした。「もっと速く行けないのか?」と。そこでパーカーは考えを巡らせ、車のスピードが上がったという印象を与えるためシフトダウンして、エンジンの回転を上げた。チャーチルはまんまと騙され、「速すぎて危険じゃないのか?」と後席から声を上げたという。

編集翻訳:小石原 耕作 Trascreation:Kosaku KOISHIHARA(Ursus Page Makers) Words:David Burgess-Wise Photography:Tim Andrew 取材協力:P&Aウッド(www.pa-wood.co.uk)、「8台の偉大なファントム」展(2017年7月27日〜8月2日、ロンドン)

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