マグネシウム合金磨き出しのボディを持つ幻の車!光り輝くブガッティ

Photography: Matthew Howell



ジムは1981年に"パーツの山"を入手してから24年後の2005年、彼が様々な車を手に入れたり手放したりしていたが、ジムの妻が「なぜパーツの山に保管料を支払い続けているのか」と優しく問うた時に、すべてが動き出した。

クロームメッキしたタイプ57用ホイールを、アメリカのブガッティ・ドライバーであるバニー・フィリップスから購入すると、そこに大雑把に組み立てたパーツを載せて、トルペードを蘇らせる計画を練り始めた。当時のリーフレットや写真、記事も探し出し、プレスコットヒルに本拠を置くブガッティ・オーナーズクラブのアーカイヴから、トルペードに使われた長距離レース用燃料タンクのオリジナル図面も手に入れた。

最大の難問はボディをどんな素材で作るべきかであった。トルペードは軽量マグネシウム合金製ボディと謳っていたが、マグネシウムといえば、溶接はおろか曲面の成型が難しいことでも有名な金属だ。本当にマグネシウム製だったのか、それとも、単なる誇大広告だったのだろうか。マグネシウムを扱った経験談などを総合すると、実際にマグネシウム製だったとの確信を得た。当時の写真を見ても、トルペードは明らかにジョイント部分がリベット留めで、アルミニウム合金製の車のように溶接したり折り曲げたりした痕跡がなかった。トルペードは本当にマグネシウム合金製で、素材をイギリスのマグネシウム・エレクトロン社が供給した可能性が高い。同社はドイツのIGファーベン社との提携で1934~35年に創設された会社なので時期も合う。

こうした証拠を手に入れたジムは、マグネシウムを使って、トルペードの比較的シンプルな形状を溶接なしで再現できることを証明しようと決意した。そこで選んだのが、インディアナポリスに住むボディ製造のスペシャリストのジェリー・ウィークスで、あわせて、カリフォルニアのレストアラー、フィル・ライリー社に協力を求めた。ジェリーは、ボディ製造に30年以上の経験を持っていたが、マグネシウムは扱ったことがなかった。

「 大勢の専門家に聞いたが、"少し温かい" 状態が保てる間は仕事ができると教えてくれた。なかには、マグネシウムの仕事を引き受けるなんて人生最悪の日になるぞとか、たとえ上手くできても、想像もつかないほど長い時間がかかるだろうという人もいた。挑戦しがいのある仕事に思えましたね」とジェリーは話す。



ブガッティが使ったのと同じグレード(AZ31B-O)のマグネシウム合金シートを現在も製造しているのは、オリジナルの供給元であるイギリスの会社から派生したマグネシウム・エレクトロン・ノースアメリカだけであった。その冶金学者、ブルース・デイヴィス博士が、ジェリーに最適な技法を助言した。「この金属は、加工するとすぐに硬化するし、加工しすぎてもひびが入ったり割れたりする。

だが、摂氏290度くらいだと扱いやすいことがわかった。鍛冶屋の前掛けや手袋を想像してくれ。シート状のものを加工しているときは、熱した部分の周囲に熱が伝わって温度が下がるので、発火の心配はいらない。だが、機械加工で出た破片や研磨くずは簡単に火が付く。温度が低すぎても高すぎても問題が出る。忍耐が必要だ。プロジェクトの完成までに長い時間が掛かったのも、そのためだ」とジュリーは回想する。

長い時間と一口にいっても、相当の時間が掛かった。ジムは2010年にはプレスコットでこのブガッティに乗りたいと考えていたが、その時点では半分ほどしか完成しておらず、2013年も半ばを過ぎてから、ようやく完成に至ったのである。

フィル・ライリーが担当したエンジンにも問題が出た。当初の圧縮比は7.5:1で、ベンチテストでは問題なかったものの、すぐに焼き付きが発生した。1938年~39年のスーパーチャージャー付きタイプ57に関する保証クレームの75%はエンジンの焼き付きだったと思われる。再度、完全にオーバーホールしたが、ベンチで動かすと再び軽度な焼き付きが発生した。3回目にはシリンダーブロックにクラックが入ったため、クロスウェイト・アンド・ガーディナー社で代わりブロックを新たに鋳造し、今度は圧縮比を6.5:1に引き下げた。現在は、アメリカ標準のオクタン価92の"ポンプガス"でも安定して動いている。

スーパーチャージャーで得られるブーストは10~11ポンドだが、典型的なスーパーチャージャー付きタイプ57の5~6ポンドと比較すればかなり高圧だ。出力は、ガソリンで240bhp、メタノール燃料を使えば300bhpに達するが、それでも完璧に回り続ける。今回のサーキット走行を前に、イギリスのブガッティ・スペシャリストのトム・ダークによる最終セットアップも受けた。

こうした苦労と比べると、ほかのメカニカル面は順調に進んだ。それより大きな問題は、マグネシウムの腐食の速さだった。そのままでは、数日のうちに白く粉が吹いてしまうが、塗装してしまってはトルペードのインパクトがなくなってしまう。無電解ニッケル鍍金という、8段階の化学反応でマグネシウムにニッケル皮膜を形成する手法があったが、処理をしようにも、ボディパネルが入るような大きなタンクを所有するスペシャリストは存在しなかった。



ところが、ジムがインディアナ州のEMIクオリティープレイティング社に電話をして、この鍍金ができるか打診したことで状況が変わった。ジムが抱えている問題を電話口で説明すると、EMI社の秘書が困惑して、「ブガッティというのは何ですか」と質問した。偶然にも、そこへ通りかかった上司のマーク・ダイが車のエンスージアストであったことから話はとんとん拍子に進み、ジムが一部出資してトルペードのボディパネルが入る大きさの鍍金用タンクを新設する契約が交わされた。

鍍金は見事な効果を発揮し、ジェリー・ウィークスが手がけたボディの美しさを守っている。マグネシウムを伸縮する際に、イングリッシュホイールではなくパワーハンマーを使ったことで、目を見張るばかりの出来映えとなった。

ジムは最高の姿を残したいと訴えたので、私たちは丸々1時間かけて指紋ひとつない状態に磨き上げてからコースに送り出した。こんなものが走る姿を拝める機会は、もう2度とないかもしれないと思った。

2週間後、ジムがスコットランドのハイランド地方からメールをくれた。「この車と実に素晴らしい時間を過ごしたよ。本物のブガッティを運転して楽しむ機会を再び持てた。32年間待ったかいがあった」

今、ようやく、ブガッティのねらい通りにトルペードが活躍しているようだ。


1935年ブガッティ・トルペード・復刻車
エンジン:3257cc、直列8気筒、DOHC、ドライサンプ、スーパーチャージャー付き、アップドラフト・ソレックス製キャブレター×2基 最高出力:240bhp(メタノール燃料使用時:300bhp)
変速機:前進4段+後退1速MT、後輪駆動 
ステアリング:ウォーム・アンド・ローラー

サスペンション(前):非独立懸架、ビームアクスル、半楕円リーフスプリング、ド・ラム式ハイドロリック/フリクションダンパー
サスペンション(後):非独立懸架、ライブアクスル、逆1/4楕円リーフスプリング、ド・ラム式ハイドロリック/フリクションダンパー
ブレーキ:ドラム式、1938年仕様ブガッティ油圧式 
車重:1000kg(推定) 
最高速度:217km/h(推定)

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: David Lillywhite 

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事