自動車ファンなら知っている|著名な「ラジエーター・マスコット」彫刻家の復刻品がオークションに

コウノトリがふたたび羽ばたくとき



トランクに詰められた祖父の思い
バザンがコウノトリで得た評判は他の自動車メーカーにも知れ渡り、ラジエター・キャップの装飾など、たくさんの注文が舞い込むようになった。中でもイソッタ・フラスキーニのためにデザインした"triomphe(トリオンフ)"には特別な思いが込められた。アールデコ様式を強く意識して作られたそれは、風の神が車輪を両手で掴んで勝利への強い気持ちを表わしている。

バザンの作品は本来、車を象徴するためのものだが、今日では車よりもマスコットの知名度のほうが高いことさえある。たとえばユニックだ。1905年から1938年まではタクシーを、1952年まではトラックを造り、その後シムカに吸収合併されたこの自動車メーカーを知る人は、今やほとんどいない。だが、弓を射るケンタウロスのマスコットなら知っている人は多い。フランスに詳しい人でもラティルのことまで覚えている人は稀だ。なのに、車に付いていた象のマスコットそのものではないものの、それをモチーフしたものは驚くほど多く出回り、街のショールームから個人のリビングルームまで、装飾品として幅広く浸透している。

私が思うに、バザンの作品の中でもっとも衝撃的なのは、美しいマングベツの女性像ではないだろうか。1924年から25年にかけてアンドレ・シトロエン発案のもと、当時暗黒の大陸と呼ばれた中央アフリカをシトロエンのトラック部隊が探検した話はご存じだろうが、この女性像も関係しているのである。といっても、実際に車両に付けられて冒険をともにしたわけではない。一行が苦行の末に2万8000kmを走破して戻った10ヵ月後に、パリで成功を祝う会が催された。そこではそれまで見たこともない300の植物、800種の野鳥、1500の昆虫の標本のほかに、旅を記録した6000枚の写真、長さにして9kmに及ぶフィルムが展示、上映された。そこにバザンの作品も並べられたのである。その目的は、彼の地で探検隊がどういう人々に出会ったかを具体的な形として一般に紹介するものであった。マングベツとはコンゴの民族で、頭部を不自然なほど後方に引き延ばした姿を特徴としている。女性像はそれを美として表現したものだが、独特の美しさからその後マスコットやポスターなどに広く引用されることになる。

私が初めて接したマングベツ像は、ジュリー・バザンの自宅で見た拡大版であった。ジュリーは2001年に豪華な装飾品を制作するデザインスタジオを立ち上げており、現在はパリに営業本部を構える実業家として活躍している。幼い頃から彼女は祖父の残した作品群に囲まれて育ったが、それらに対する関心はほとんどなかった。関心を向けるようになったのは、つい最近のこと。彼女の実家で大きなトランクを見つけたときで、開けた瞬間祖父の偉大さを改めて知らされたという。そのときの模様を彼女はこう語ってくれた。

「そのトランク、何十年も開けられたことがなかったのです。開けてみたら、祖父の作品が何十となく出てきて本当に驚きました。スケッチブックや、花崗岩のモニュメントを彫刻しているときの写真や、作品で得た報酬で旅したエジプトやマダガスカルで描いた絵などがありました。飛行場で描いた絵も多かったですね。訓練のときの絵だったり事故を描いたものだったり。戦争時代にパイロットを務めていたからでしょうが、飛行ライセンスは1918年7月に取得していましたね」

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Simon de Burton

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