フェラーリに立ち向かった男│ゼロからレースカーを開発する

Photography:Lies De Mol

フェラーリからレースカーへのパーツ供給を断られたとき、ジム・グリッケンハウスはワンオフ・モデルをゼロから開発することを決意した。それで大メーカーに挑戦しようというのだ。 

ジム・グリッケンハウスはニューヨーカーだ。
本当はコネティカット出身だが、ニューヨークこそ自分の故郷だと彼はいう。そして、ニューヨーカーによく見られるとおり、グリッケンハウスも人になめた真似をされるのが大嫌いである。したがって、430スクーデリアを派手にモディファイした彼のレースカーに対してフェラーリが法的措置をとると言い始めたとき、グリッケンハウスがマラネロに送った手紙は短くて要領を得たものだった。「オイ、オレはこの車を買ったんだ。法律的にいって、これはフェラーリだ。だからオレがそうしたかったら、フェラーリのバッジを貼ってもいいんだ」

すると先方の弁護士は方針を改めた。ウィンドシールドに貼られているチームのロゴがフェラーリの模倣だと言い出したのである。それでもジムは平然としていた。そしてノーズを飾っていたフェラーリのバッジを自分たちのものに付け替えたのだ。「『これはフェラーリじゃなくてスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウスだ』って伝えたとき、ニュルブルクリンクの連中がなんて言ったか想像できるかい。何も言われなかったよ。きっと、フェラーリのバッジを外したらオレたちはレースができなくなるとマラネロは考えていたんだろうね。けれども、そんなことは誰も気にしなかった。自分たちが言い出せば世界を止めることだってできるとフェラーリは考えていたんだろう。でも、そうじゃなかったんだ」



次にフェラーリとの間にいさかいが起きたとき、ジム・グリッケンハウスにはちょっとした考えがあった。2006年パリ・サロンで彼はP4/5と名付けた車を発表する。これが1960年代のフェラーリPシリーズへのオマージュであることは誰の目にも明らかだった。実際、ジムは本物の1966年フェラーリP3/4を所有しているが、パリ・サロンで発表したのはフェラーリ・エンツォの最後に製作された1台に、ピニンファリーナでモディファイしたボディを架装したものだった。噂によると、フェラーリはこれを苦々しく思っていたそうだが、エンツォがベースとなっているだけに、表立った行動をとるわけにはいかなかったという。

P4/5にすっかり惚れ込んだジムは、これでレースに出場するアイデアを思いつく。ところが、そこにはいくつもの障害が横たわっていた。まず、有名なレースへの出場に必要なホモロゲーションを得ることができず、耐久レースを戦うにはV12エンジンの燃費が悪すぎ、エンツォのシャシーはそもそもレース向きではなかったのだ。そこで430スクーデリアをモディファイしてボディに手を加え、これをP4/5コンペティツィオーネと名付けたのである。これに対するスペアパーツの供給をフェラーリが断ると、ジムは活動を停止したGT2チームをそっくり購入。これで十分な数のスペアと、スパでクラス優勝を果たした430スクーデリアを手に入れることができた。

それでも、彼の気持ちは満たされなかった。レースカーとして見ると、430には限界があったのだ。「2011年のニュルブルクリンク24時間レースが終わったとき、サスペンションの取り付け部はひどいことになっていた。あと2周走っていたらホイールを失っていただろう」

もはや解決策はひとつしか残されていなかった。新たな"ワンオフ"モデルを作るのだ。

こうしてSCG 003が誕生することになる。SCGはスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウスの頭文字。ちなみにキャメロンは彼の妻メグの旧姓である。もっとも、その完成までの道のりは平坦なものではなかった。彼らの奮闘振りは、バート・レナールツとライズ・デ・モルの夫婦によってその第1日目から克明に記録され、美しい1冊の本にまとめられている。もしも、あなたがいまから自分自身の自動車メーカーをゼロから立ち上げようというのであれば、これほど役に立つ本はほかにない(この記事の最後にその購入方法を記しておいた)。



ジムの車、ドライビング、そしてレースに対する姿勢を知るには、その半生を振り返るのがいちばんの近道だ。15歳のとき、彼はスチュードベーカーのエンジンルームにポンティアックV8エンジンを押し込み、ドラッグレーシングに興じていた。その後、学生になるとVWビートルを手に入れ、ガールフレンドのメグ(現在のグリッケンハウス夫人)を伴って各地を旅行した。「ホテルに泊まるよりはビートルの車内で寝ることのほうがずっと多かった。僕たちはウッドストックにも足を伸ばしたんだ」とジム。

ジムは20代前半にしてフェラーリ275GTBロングノーズを買い求めると、これを毎日の足として使った。そして最終的には、Can-Amレースで7回優勝したペンスキー・ローラの購入資金を調達するために275GTBは手放すことになる。やがて、このモンスターを公道も走れるように改造するというアイデアにジムは取り憑かれる。

「 それを実践したんだ。これで20年間ほど最
高の気分を味わった。このローラで6万マイル(約10万km)は走ったよ」

1970年代から80年代にかけて、ジムは車の趣味と少し距離を置き、カリフォルニアに行って映画制作に関わった。スティーヴン・スピルバーグやマーティン・スコセッシを夜も眠らせずに働かせるようなことにはならなかったが、『フランケンフッカー』というカルト・ホラー映画の佳作を作り上げて富と名声を手に入れた。もっとも、ジムはほどなく"おべんちゃら"が蔓延した映画業界に飽き飽きとし、ニューヨークに戻って父が手がける株取引の世界に身を投じることを決める。

東海岸に帰ってきたジムは車への情熱を取り戻していく。現在、彼は小規模な、しかし厳選されたコレクションを有しているが、そのなかにはフェラーリ159S(3番目に製作されたフェラーリで現存するなかでは最古の個体)や、前述したP3/4(1967年のデイトナ24時間で優勝した車そのもの)、ディーノ206コンペティション・プロトタイプなどが含まれている。ちなみに、このコレクションにいちばん最近加わったのは、オクタンでも紹介したピニンファリーナ・モデューロ・コンセプトである。このモデューロとディーノ206はピニンファリーナ自身のコレクションから直接購入したもので、この事実は、イタリアを代表するカロッツェリアが、ワンオフ・モデルを発注する顧客をいかに大切にしているかを物語っている。

ところが、2008年8月にアンドレ・ピニンファリーナがスクーター事故で命を落とすと、ピニンファリーナ社もワンオフ・モデル製作への意欲を失っていく。この種の事業を担当していたのはパオロ・ガレラという名のエンジニアが率いる小さな部署で、パオロはジムのためにP4/5を製作した人物でもあった。そこで今度は彼の名の下で、新たなレースカー・プロジェクトが立ち上げられることになったのだ。

SCG 003は、少なくともそのスタートの時点ではとてもシンプルなプロジェクトだった。アルファ4Cのカーボンファイバー製シャシーにマセラティのV6ツインターボ・エンジンを搭載する。比較的小排気量エンジンを積むアイデアはジムにとって当然ともいえる選択だった。



「ラ・フェラーリはいささか重すぎる。だいた
い、なぜV12なんてエンジンがこの世の中には存在するんだい? 歴史があるから? ほほう。そんなことは忘れたほうがいい。現代のF1はV6の1.6リッター・ターボエンジンを積んでいる。もちろん、オレもV12は何台か持っていて、どれも大好きだが、いってみればそれは恐竜みたいなものさ。なぜ、このオレが過去の遺物をもう一度作らなければいけないんだ? マセラティV6はちょうどいいエンジンだったんだ」

しばらくの間はなにもかも順調に進んだ。アロファロメオのヘラルド・ウェスターCEOもこのアイデアを気に入っていた。けれども、その後、事態は急転する。アルファとマセラティに対し、ワンオフ用のパーツを供給しないようフェラーリが呼びかけたのだ。
 
もっとも、アルファならびにマセラティとの
協力関係が破談に終わったのは、スクーデリア・キャメロン・グリッケンハウスにとって好都合だったともいえる。なぜなら、既存のシャシーを用いることで様々な妥協を強いられることが予想されたからだ。その代わり、SCGは自分たちのシャシーを作り上げることにした。より正確にいえば、カーボンファイバー製フォーミュラカーや有名なイタリア製スーパーカーを手がけているある会社に、その製作を依頼したのである。

いっぽう、ボディの主要なデザインは、トリノに本拠を置くグランスタジオが請け負うことが決まる。同社を率いるのはピニンファリーナのデザイン・ディレクターだったローウィ・フェルメールスで、彼とチーフスタイリストのゴラン・ポポヴィッチがペンを握ることになった。

プロジェクトが進行するにつれて、様々な分野—エレクトロニクス、サスペンション・セットアップ、シャシーデザインのスペシャリストたちが雇い入れられた。彼らの多くは若きエンジニアで、多くのミーティングに同席した作家のバート・レナールツは「規模は小さくとも、情熱家が揃ったチームによる作業は極めてエキサイティングなものだった。きっとマセラティ兄弟やエンツォ・フェラーリが事業を興したころも、こんな状況だったのだろう」と語っている。

編集翻訳:大谷 達也 Transcreation:Tatsuya OTANI 

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