ジョアッキーノ・コロンボが残したV12エンジンの素晴らしさとは?

Photography:Paul Harmer

フェラーリ250の肝はコロンボのエンジンにある。しかし、コロンボ設計のV型12気筒エンジンは250だけではない。ここではその根源と、それがどのように発展していったかを、深く掘り起こしてみよう。

一番好きなフェラーリは何?と聞かれたら、私なら1960年代の車から1台選ぶ。中でも、250GTや275GTB、耐久レースの275LMあたりがいい。この中からひとつを選ぶというのは困難そうだが実はたやすい。というのはこの3車、どれもがジョアッキーノ・コロンボ設計のV12エンジンを載せているからだ。


フェラーリには歴史上いくつかのV12ファミリーが存在する
が、人を魅了するのはきまってコロンボが設計したものだ。それは1946年から1989年までの長きにわたって活躍した。フェラーリにはもうひとつ偉大なV12がある。それはアウレリオ・ランプレーディの大排気量エンジンである。ランプレーディのV12には大排気量を小排気量に改めたモデルも存在した。250エウローパがそれで、前身たる375アメリカの4.5リッターを3リッターに縮めたものだ。エウローパ以外の250はどれもがコロンボのV12である。そのエウローパも後期モデルではコロンボのV12に換装されている。

コロンボのV12は音楽のような素晴らしいサウンドを奏で、見た目も格好よく、筋骨隆々としたカムカバーや2つのオイルフィルター、フィンの切られたアルミ製のサンプ、それに所狭しと置かれたキャブレターなどが力強さを感じさせる。

「そう、丈夫で力のあるエンジンだよ。どこまでも回ろうとす
るからね」と語るのはDKエンジニアリングのジェームズ・コッティンガム。ロードカーでもレーシングカーでも何でもござれの熟練整備士だ。「アストンマーティンでもジャガーXKでも、ここをいじればよくなるということはマスターしている。でもコロンボのエンジンだけはオリジナルから変えることはしないんだ」

コロンボ伝説は1946年、エンツォ・フェラーリが最初に送り出した車の鼻先にコロンボのサインが記されたことから始まった。コロンボとエンツォとの関係は1929年、エンツォがアルファロメオで走っていた頃まで遡る。だからエンツォが独立したあと、自らの車のエンジンをコロンボに設計させたのはごく自然なことだった。

コロンボが作ったエンジンは本当に素晴らしかった。1496㏄の排気量を12に分けると1シリンダー当たりの排気量は125㏄。その数字がそのまま車名になった。左右6シリンダーずつの2つのバンクは、60度の角度で繋がり、完全にメカニカルバランスがとれる構造だ。出力は7000rpm で100bhp だが、1946年という時代にあってそれは驚異的な値であった。

フリクションが増え、構造も複雑になる多気筒エンジンのメリットは何か。まず、ピストン等の可動パーツが軽くなるためシリンダー内の往復運動が軽快になる。つまり高回転が得やすくなり、引いては高出力が期待できる。やかましいほどの排気音も12気筒エンジンの特徴。エンツォはそれが大好きだった。

「私は12気筒にぞっこんだった。多くの人は12気筒の採用に
反対した。でも私は反対を押し切ってそれで行くとに決めた」とはエンツォ自身が『フェラーリ・エンジンの技術的特徴1946-1985年』の中で述べた言葉である。そこで彼はこう続けている。「この考え方がその後のフェラーリのベースになる。私は8気筒、6気筒、4気筒すべてのエンジンを試した。でも一番いいのはやはり12気筒だ」

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:John Simister

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