ブガッティ初期の名車と最強の市販車ヴェイロンを乗り比べる

Photography:Dominic Fraser



場所を移して、アメリカ・カリフォルニア州モントレーにほど近い、居住者しか入れない高級住宅地である" 17マイルドライブ" へやってきた。1200psのヴェイロンと、121psのタイプ35Tのステアリングを握ったのは1988年、TWRジャガーXJR9をドライブしてル・マンに優勝したアンディ・ウォーレスだ。

「ヴェイロンはアンダーステア気味にセッティングされていま
すがアクセレーターを少し戻してやれば、切れ味のいい進入をします。エンジンは言わずもがな、十二分なトルクを有していて、ステアリング操作のリアクションも正確かつ忠実で、路面情報もつかみやすいです。グランスポーツ・ヴィテッセはクーペよりも足回りが軟らかいセッティングになっています。だから、スーパースポーツカーであることを忘れさせるほど、バランスが取れていますね。そして、なんと言ってもどんな状況でも路面を掴むトラクションは圧巻です」

一通りの印象を語った後、ウォーレスは筆者に目配せをした。この瞬間、ペダルを踏み込む合図だと思い、身体をこわばらせ首に力を入れた。狭い私有地でも1200psが路面に伝えられた瞬間だ。大袈裟ではなく、後頭部をヘッドレストに打ち付け、抑え込まれる感覚を味わった。ありきたりな言い方かもしれないが、凄まじいの一言に尽きる。W型16気筒に組み合わされた4基のターボチャージャーは、まるで電気モーターのように唸る。この独特なサウンドは、ヴェイロンのものだけといえるだろう。そして、加速同様に特筆すべきが制動力だ。ジェットコースターが終盤、プラットホームに戻る手前の減速を数倍、強烈にした雰囲気だ。シートベルトをしていないと、ダッシュボードに飛び込んでしまいそうになる。

「まだタイヤが温まっていないから2速発進でしたが、1速では
もっと強烈なんですけどね」とウォーレス。今回は1速発進もしなければ、375㎞/h以上出すために必要なふたつ目の鍵を回すこともない。

ヴェイロンからタイプ35Tに乗り換えると、そのギャップにちょっと躊躇する。時代背景の違いもあるが、とにかくコンパクトだ。足下は剥き出しのアルミ製ギアボックスケースに触れる。タイプ35Tの2.3リッター直列8気筒エンジンをスタートさせるには、古い車らしく一通りの儀式がある。キルスイッチをオンにし、ダッシュボードに装着された燃料ポンプをプッシュして燃圧を高め、マグネトーをオンにする。エンジンの目覚めは荒々しく、ボディをブルブルと震わせてエグゾーストノートも力強い。



車両重量は750㎏しかないので、たった121ps(当時としてはハイスペックだ)しかない、90年以上の車齢から想像するような鈍重さはない。か細いタイヤを履いているゆえに、グリップはヴェイロンとは雲泥の差だが、ウォーレスは華麗にタイプ35Tを滑らせながらコーナーを駆け抜けていく。筆者も運転したが、タイプ35Tの前後重量バランスが50:50であるためか、ドライバーの操作に忠実で期待以上に一体感があった。この頃の車のペダル配置は真ん中にアクセレーターペダルという、現在では考えられないものが多いが、タイプ35Tは普通の配置だ。

ギアシフトパターンは、右下が1速にあるという今とは逆だ。
変速は、確実に一旦ニュートラルに入れる"正しい" ダブルクラッチ操作をすれば、すんなり次のギアに入る。ただ、レースで速く走るには相当の苦労があっただろう。ステアリング操作はクイックかつダイレクトで、さすがは元レースカーと思わせてくれるのは喜んで吹け上がるエンジンだ。車両に対して十二分にトルキーで、ただただ気持ちが良い。90年以上前の車だと思うと感動を覚える。

両車とも、時代、時代における最新鋭の技術を最大限に盛り込み、ほかの自動車では太刀打ちできないような超高性能マシンとして誕生した。では、筆者がどちらを選ぶかと問われれば、タイプ35Tと答えてしまう。それはありがちな"VW傘下" の話ではない。マクレーレンF1が10億円以上する今、1億円ちょっとからヴェイロンが狙えるのはバーゲンだと心底、思っている。

ただ、「タイプ35Tのほうが一緒に楽しめる時間が多い」
と感じるからだ。たとえばミッレミリアに参戦したり、VSCC(ヴィンテージ・スポーツカークラブ)のイベントに参加して本気でサーキット走行を満喫したりなど、カーライフの充実が思い浮かぶ。

もちろん、ヴェイロンを乗り回す幸せは否定しない。しかし、どうしても気になるのが、とある経済誌が掲載した"平均的ヴェイロン・オーナーの姿" という記事である。ベントレー・オーナーの平均車両保有台数が8台なのに対して、ブガッティ・ヴェイロンは、なんと84台。そればかりか、ヴェイロン・オーナーは平均してプライベートジェット3機に、スーパーヨット1艘を所有しているというのだ。リーズナブルなプライスで世界最高峰の市販車を楽しむと考えれば、そんな話、気にしなければいいのだが。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA( carkingdom) Words:Robert Coucher 

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