チャンピオンへの贈り物│ジョン・サーティースの愛車 BMW 507

Photography: Charlie Magee



英国とイタリア、ドイツの間を旅する手段として、ジョンはいつも507を選んだという。「ガララーテからはシンプロン・トンネルを通ってスイスに入り、ジュラ山脈を抜けてフランスへ向かった。時には車の点検を受けるために、ブレンナー峠を越えてオーストリア経由でミュンヘンに走ったものだ。海峡に着くと、シルバーシティ・エアウェイズに車を積み込んでケント州のリド空港までひとっ飛び、そこからブロムリーまでは目と鼻の先、まったく最高の旅だった!」

「メカニカルトラブルは覚えがない。災難といえば、一度、ガララーテに泊まっている時に誰かが車を壊して盗もうとしたことぐらいだ。ただし、非常に暑い時にはちょっと注意しなければならない。渋滞に捕まると燃料がヴェイパーロックで詰まることがあるからだ。そんな時は一度止まってクールダウンする必要があった。といってもあの頃は事故でもなければ、そんなに酷い渋滞はなかった」

「あの頃は、市街地を除けばスピードリミットもなかった! 他に走っている車も少ないから何時間も100mph以上をキープすることができた。一度非常に怖い思いをしたことがある。チームメイトのジョン・ハートレイと一緒にスウェーデンを走っていた時のことだ。アップダウンはあるが真っ直ぐで、その脇には電柱が延々と続いているような道を走っていた時、電柱は真っ直ぐ続いていたのに、起伏の頂点の向こうで道が急に左に曲がっていた…。その後ジョンはあまり私の車に乗らなくなったんだ!」

「507は素晴らしくバランスの取れた車で、ある程度までは寛容なんだ。たとえばメルセデス300SLとは違う。300SLは507よりも性能を突き詰めた車で、速く走る場合は十分に注意しなければならなかった。実際に507を手に入れる前に300SLに乗っていたことがあるが、母親の主治医と一緒に乗っていた時に雨が降り出して、滑りながら走る羽目になったことがある。ドクターはとても怖かったらしく、そのことを母に伝えたせいで母親も300SLを怖がるようになってしまった。507はそれとは対照的に扱いやすい車だ。ハンドリングはひと言で言うとニュートラル、どのように運転するかに応じて、軽いアンダーステアにもオーバーステアにも自在に持っていくことができた。レースカーではなかったけれど、その経験のおかげで、1958年にアストンマーティンDBR1で初めてのレースに出た時、まごつかなくて済んだのではないかと思う」



1960年にジョンはロータスでF1にデビュー、62~63年シーズンはレジ・パーネルのヨーマン・クレジットF1チームに加入、そして63年にはフェラーリに移籍する。エンツォ・フェラーリがジョンのBMWを横目で睨んだのは当然である。

「御大はこう言った。〝なんとドイツの車か。
ドイツ車に乗ってはいかん〞と。それで507は英国に置きっぱなしになった。父の友人が時々走らせてくれていたが、私の手を離れたのはその時ぐらいだ」

1981年にオリジナルのシルバーに塗り直したこと以外は、ジョンの車は一度もレストアされたことがない。インテリアはまったく手が加えられず、7万マイルを経た今でも新車のようだ。しかも、最近はあまり走らせていないというが、いつでも走り出せる状態に保たれている。実際にジョンは一発でエンジンをかけ、ガレージから走り出した。

そのサウンドは素晴らしいのひと言だった。アイドリングではV8の力強くリズミカルなビートを刻み、ジョンがスロットルをわずかに開けると、滑らかに豊かな唸りへと変化していく。507に乗ったジョンとカメラマンのチャーリーについて走るには、チャーリーのサーブ・ターボに必死に鞭を入れなければならなかった。BMWはいつの時代も高性能だったのである。

ジョンは507の他にも二台のクラシックBMW、503コンバーチブルと3200CSを持っている。さらにメルセデス300SLガルウィングも持っているが、彼が所有したすべての車の中でやはり507が一番のお気に入りなのだろうか?

「残念なことに、モーターサイクルをはじめとして、一度は自分の物にしながら手放さざるを得なかったものはたくさんある。私は自分の家を見て、その修理の跡を見て、当時を思い出すんだ。門から続くドライブウェイはフェラーリの頃、あの屋根はホンダF1という具合にね。だがこのBMW507は、私が初めて世界チャンピオンになった頃に手に入れ、その後の人生を一緒に送って来たんだ。だからね、これからもずっと特別な車なのさ」

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation: Koki TAKAHIRA Words: Mark Dixon 

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