世界最大の車も登場│一度は行きたいパリの蚕の市 レトロモビル2019

Photography:Akio Lorenzo OYA, Kazuhiro NANYO,Tomonari SAKURAI,Octane Japan

約7万2000㎡の会場に620社以上の出展社、参加クラブ100以上、700台の展示車両で、5日間で過去最高の13万2000人もの来場者を迎えた2019年のレトロモビル。ヒストリックカー・ファン&バイヤーにとって今や貴重なランデヴーとなったパリの"蚤の市"の様子をレポートした。

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ヨーロッパのヒストリックカー・ファン&
バイヤーにとって今や貴重なランデヴーとなったパリのレトロモビル。だが、近年さまざまな意味で曲がり角に差し掛かっていたのも事実だ。たとえば自動車ブランドの出展である。以前は数々の欧州プレミアムブランドだけでなく、一部日本メーカーまでもが現地法人とクラブのタッグというかたちでモーターショー顔負けのブースを構えていた。ところが近年は彼らが次々と撤退し、ついに昨2018年にはポルシェやメルセデス・ベンツも欠席した。さらには入場者数も頭打ち傾向がみられた。2018年は雪に祟られたこともあってか、前年比11.8%マイナスの10万5千人に留まった。



そうした中、発足メンバーのひとりで長年オーガナイザーを務めてきたフランソワ・メルシオンは、新たにバトンを渡す人材を探し始めていた。最初に白羽の矢を立てたのはシトロエンの歴史部門「コンセルヴァトワール」を長年率いた経験がありながら、別の自動車関連組織で働いていたドゥニ・ユイユだった。しかし、ユイユはシトロエンの歴史部門を再興させる仕事を再び選ぶ。そして今回からエキシビションディレクターに就任したのが、ジャン= セバスティアン・ギシャワであった。ギシャワはシトロエンのドイツ法人で自動車界入りしたあと、メルセデス・ベンツ・フランスでイベント責任者としてスキルを磨いた人物である。弱冠40歳。つまりレトロモビルが、バスティーユの老駅舎跡で小さな部品交換会として産声を上げた頃を知らない世代である。





ギシャワ率いる新生レトロモビルは、スペックも強気だ。展示面積は前回の6万9000㎡から約7万2000㎡へと拡大した。その結果、展示台数も650台から700台へと増加した。出展者リストを眺めても幸先良い。ブランドでは久々にBMWが復帰。BMWは毎年5月末にイタリア・コモで開催するコンコルソ・ヴィラ・デステのプロモーションを展開した。またメルセデス・ベンツは同社製ヒストリックカーの公認ディストリビューターが参加した。



しかしながら今年、レトロモビルが最も大きな話題として取り上げたのは、創業100年を迎えたシトロエンである。その気合の入れ方は公式ポスターにトラクシォン・アヴァンを用いたことからもわかる。それに応えて、シトロエンは歴代コンセプトカーを含む歴史車両を展示した。その30台という台数は、レトロモビルの企業展示としては前代未聞の規模だ。

前述のユイユは「創業者アンドレ・シトロエンが目指したのは、人々が手に入れやすくメンテナンスが容易な車。それは当時まさに革新的なことであった」と強調する。フランスの自動車界においてシトロエンの存在は、王政から共和制に移行したのに匹敵するレヴォルシォン(革命)だったのである。

レトロモビルで変わらぬこととして、伝説の人物が、普通にゲストして招かれていることもある。たとえば今回ルノーのブースには、1970年代に活躍したF1ドライバー、ジャン=ピエール・ジャブイーユの姿があった。最初彼はさりげなく佇んでいたが、やがて周囲の人々やプレスに請われるまま、柵を乗り越えて往年のマシンとの記念ショットが突然始まってしまった。



いっぽうで、このパリ随一の自動車イベントの変わらぬ慣わしもファンを惹きつけた。会期中の金曜日夜に22時まで開場する「ノクターン」だ。筆者の長年の知人で、シトロエンの熱烈な信奉者パトリックも、その日は例年どおり会社を早退し、午後2時から会場に駆けつけて仲間たちの交流を愉しんだ。

思えば筆者が欧州に住み始めて間もない1990年代中盤、初めてノクターンを訪れたときのこと。葉巻の紫煙が濛々と立ち込める向こうに重厚な戦前車が並び、あちこちでシャンパンを抜く音が聞こえてきた。さらに誰が連れてきたか知らないが、足元にはプードル犬がさまよっていたものだ。そうした古き佳きフランス風情は、もはや過去のものとなってしまった。今やスナックもテリーヌ&シャンパンからピッツァ&ビールに変わった。



どこからかスコットランドのバグパイプの音が響いてきたかと思えば、2020年のシトロエン国際ファンミーティング開催地ポーランドから1920年代風衣装に身を包んだ男女が出没する。それらの事象は、一般ファンの国際化の進行を実感させる。同時に彼らは言葉の壁を、同じブランドという共通項で乗り越えているのが面白い。

連日午後の盛況がそれを予感させていたとおり、2019年の来場者は13万2000人を記録。2015年(12万1884人)を超えて、過去最高となった。より身近な1970-80年代の車両が例年に増して主要ブースを占めたことが、多くのビジターに同世代感覚を喚起したに違いない。革新と伝統を巧みに織り交ぜたレトロモビルのルネッサンスは着実に始まっている。


文:大矢アキオ Words:Akio Lorenzo OYA

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