約半世紀の間、破壊されたまま放置されていたエンジンが、今再び轟く。

Photography: National Motor Museum

1924年。350hpのサンビームは世界最速の車だった。約半世紀の間、破壊されたまま放置されていたエンジンが、今再び轟く。

350hpサンビームは英国ビューリーのナショ
ナルモーターミュージアムにおける目玉のひとつだ。これこそサー・マルコム・キャンベルが彼のレコードブレーカーとしての経歴をスタートさせ、人類史上初めて時速150マイルの壁を破ったマシンである。

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1920年代、古いレーシングカー
のシャシーに強力な航空機エンジンを載せることは、高性能車を作る早道として、とりわけブルックランズのコミュニティでは常識であった。サンビーム社のチーフエンジニアであり1911年からレコードブレーカーの開発を行っていたルイス・コートレンは、サンビームが大戦中は英国の主たる航空機エンジンメーカーであって、それゆえそのエンジンのひとつを自動車に載せるのは簡単なことであることを理解していた。

いく
つかのエンジンのうち、採用となったのは各シリンダーに1インレット2 エクゾーストの戦前型3バルブV12 SOHC。3 バルブヘッド自体は別段新しいものではなく、サンビームの航空機アラブのエンジンとしてすでに多くが生産されていた。



アラブは4気筒のシリンダーブロックを二つ合わせたV8だったが、こちらはV12 。面倒な事にこのヘッドはブロックと一体で、そのため車両用として新たにシリンダーを鋳造する必要があった。また各バンクに2個のカムカバーも新造された。プロペラ用と異なり、エンジンのアウトプットはクランク直結でなければならなかった。なぜシンプルにアラブのブロックを流用した90 °V16エンジンにしなかったのかと不思議に思ってしまう。

1920年、V12サンビームは完成し、ブルックランズサーキットのウイットソンミーティングで公開されることになった。ドライバーはホーカー社を設立したパイロット、ハリー・ホーカーで、詰めかけた報道陣は大きな期待を寄せていた。だがファンたちがその勇姿を目にする事はなかった。朝のプラクティス中、ホーカーがメンバーズバンキングで時速125マイルを達成したと感じたそのときタイヤがパンク。車はレイルウエイストレートまではコースを維持したが、その後ブリキ塀を突き破り4フィートの側溝にダイブ。ホーカーは無傷だったがサンビームの週末は終わった。

その後もいくつかのバッドラックが続いたが、仏
ノルマンディー、ガイヨンでのヒルクライムではルネ・トーマスの操縦で遂にその実力が開花した。

約9%の勾配で平均時速108.3mph!その次は1921年ブルックランズ。ここは鬼門だ。今回はセコンドギアの不調。サードのみでカウント・ズブロフスキーの駆るメルセデスを追いかけ120mphで周回を重ねた。

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation: Kosaku KOISHIHARA Words: Charles Armstrong-Wilson

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