ポルシェのレース史に残るレジェンドマシンを試乗!│常識外れの1台

1974 Porsche 911 Carrera RSR Turbo 2.1(Photography:Alex Tapley)



RSRターボのエンジンを始動させるには、可搬型のスターターモーターから伸びたシャフトをメカニックがボディに差し込む必要があると思われるだろうが、そんなことはない。この車のメンテナンスを担当するサイモン・ハーパーはこう語る。「これはポルシェ。だから、キーでエンジンを始動できます」

私たちのドライバーで、経験豊富なジョー・トワイマンは、シートに腰掛けてベルトを締めると、乱雑な作りのダッシュボードに差し込まれたロードカーと同じキーを見つけて安心した様子だった。キーをひねるとフラット6は目覚め、1本出しのテールパイプから黒い排ガスを「ボッボッボッ…」と吹き出し始めた。このエンジンはアイドリングでもけたたましいサウンドを生み出すが、エグゾーストパイプから吐き出された排ガスは巨大なKKKターボチャージャーを経由してそのまま大気中に放出されるのだから、これでも驚くほど大人しいというべきだろう。

走り始めると、エンジン・サウンドはさらに音量を高めるが、決して荒々しくはなく、ややゆるやかで、どこか自信に溢れたようなフラット6の鼓動が数ヤード離れたところにもはっきりと届く。やがてRSRターボは発進。1速のギア比が高いため、一定のサウンドが長く続いたのち、やがて視界から消えていった。われわれ一同は立ち上がったままその音を聞き続ける。当初はスムーズさに欠けるらしく、高回転まで回るのを拒んでいるようだったが、ハードなドライビングに供されたことはしばらくなかったのだから仕方がない。ジョーも、その点を気遣いながらRSRターボに接しているようだ。

ピット前のバンクに姿を現したときは、まだフルスロットルにはほど遠かったものの、フラット6はより明瞭なエンジン音をグランドスタンドに響かせるようになっていた。私にとっては、これぞル・マンのサウンド。この音を聞きながら眠りに落ち、そして数時間後に同じようにして目覚めるだった。3周目を迎えると、エンジン音は歌声に変わり、そのサウンドに新たな音色が加わった。ジェットエンジンを思わせる高周波の響きが聞こえ始めたのだ。「あれがターボだよ」そう口にすると、サイモンは笑みを浮かべた。

当時、排気量2142ccのフラット6は7600rpmで450〜500bhpを発揮するといわれたが、これは現代の水準から見ても印象的な数値だ。この排気量は、FIAが規定した1.4のターボ係数を勘案して決められたもので、これであれば依然として3.0リッター以下のプロトタイプ・グループ5に分類される。このエンジンは、RSRに積まれる自然吸気3.0リッターのボアとストロークを縮めたもので、重量はクランクケースを鋳造マグネシウム合金製とすることで削減されている。

このとき、ポルシェはすでに過給エンジンを積んだ917で2シーズンにわたってレースを戦い、1973年のカンナム選手権を制していた。917/30と呼ばれるこのモンスターは1100bhp発揮。ドライバーはマーク・ダナヒューが務めた。RSRターボに搭載された過給器はKKK製の"33"で、最大過給圧は1.4bar(20psi)で、燃料供給には機械式燃料噴射を採用。冷却用ファンは、量産モデルのようにエンジン後部に取り付けられるのではなく、フラット12同様、エンジンの上側に取り付けられた。こうすると、ファンの駆動軸を90°折り曲げなければいけないので機械的な損失は増えるが、空冷のエンジンブロックを満遍なく冷却できるため、より大きなパワーを引き出すことが可能となる。

RSRターボがピットに戻ってきた。エンジンが停止してからも、少なくとも数秒の間はターボチャージャーが回り続けていた。空燃比を濃いめにしているため、古いレーシングカーと似た炭化水素が生焼けになった匂いがあたりに漂う。

これまでR13がレストアされなかったことは間違いない。最後にレースに出場したのがおよそ40年前。以来、こびりついたムシを取り除くために洗車された以外にほとんど手を加えられなかったことは、私の目から見ても明らかである。車のツヤは申し分ない。細かなキズは散見されるし、ウィングの上面には小石があたってできた窪みがあり、ライバルのタイヤが接触したせいで塗装が剥げたと思しき円形の傷跡も残っている。曲線的なRSRのボディを彩るマルティニ・ストライプはいかにもセクシーだが、スポンサーのロゴを含め、それらは手描きされたものらしい。なぜなら、いずれも刷毛の痕が残っているからだ。"MARTINI PORSCHE"の文字も裏側が透けて見えそうだが、これは2度塗りして重量が増えるのを防いだ避けた結果かもしれない。

2度塗りの件は半分冗談だが、半分は本気である。この車には、偏執的ともいえる軽量化の痕跡がいたるところに残っている。ボンネット上のエンブレムはエネメル製ではなく転写されたもので、量産用を黒くペイントしたように見えるドアハンドルは、金属製ではなく軽量なプラスチック製とされている。

そのハンドルを握り、ボタンを押し込んでドアを開く。アルミパイプで組まれたロールケージにドアバーや十字に組んだブレースは見当たらないので、サイドインパクトを引き受ける構造体はドアに内蔵されているはずだが、それにしてもその動きは驚くほど軽い。1グラムでも軽く作ろうとする執念は航空機にも通じるものだ。

そして航空機と同じように、この車もクラッシュするためではなく、"飛ぶ"ために設計された。フロアパン、フロント・バルクヘッド、モノコック前後に組み付けられた一部を除けば、量産モデルと同じスチール製ボディシェルが残っている部分はほとんどない。ボディワークの大部分は軽量なグラスファイバーで製作されるいっぽう、ルーフだけは金属製とされた。ただし、これさえも重心高を下げるために素材はアルミに置き換えられた。幅広のセンターロック式15インチ・ホイールは917で使われたもので、マグネシウム製。このホイールにはもともとダンロップのスリックが組み込まれていたが、今日は気温が低いこともあり、ダンロップ製ウェットタイヤのパターンを模したエイボン・タイヤが装着されている。

セットアップの自由度を高めるため、3.0RSRではオリジナル911のトーションバー・サスペンションがコイル・スプリング式に改められたが、RSRターボのシャシーにはさらなる改良が実施された。技術者たちは、箱形断面のアルミ製サスペンションアームを新たに製作するとともに、プログレッシブレートのチタン製コイル・スプリング、アンチロールバー、ビルシュタイン製ダンパーを装着。これらにより、RSRより27kg(60ポンド)も軽量な足回りを作り上げたのだ。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:John Barker Photography:Alex Tapley 取材協力:グッディング&カンパニー(http://www.goodingco.com)

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