すべてのコレクターが一台は所有すべき最高に贅沢な車とは?

Photography:Charlie Magee



乗降には無理な姿勢などもちろん必要ない。ドライバードアは重々しく、しかしスムースに開く。広々したフロントベンチシートに辿り着く前に、ランニングボードに足をかけて登る。前席はリムジンの伝統に則ったレザートリム。そのまま後ろを振り向けば、リムジンの定石通り、レザーではなく英国高級車の定番内装材であるウエスト・オブ・イングランド・クロスに包まれたリアコンパートメントが目に入る。ダッシュボードはチッピンデール様式のサイドボードのようだ。

レヴカウンターを持たない典型的なロールス・ロイス・スタ
イルのインストルメンツの一群は、センターを中心に左右対称に配される。これは"伝統に従った"というより伝統そのものだ。ドアを閉めればカチリと精密に閉まる。

まずはロールス・ロイス初のV8に火を入れる。一瞬吠えて目覚めれば、あとは極めて控えめなエンジン音になる。ステアリングコラムから突き出た、繊細で魔法の杖のようなトランスミッションセレクターはパークポジションを持たないから、NからDポジションたる「4」に入れ、英国では"アンブレラハンドル"と呼ばれるステッキタイプのパーキングブレーキを解除し、粛々と発進する。想像通り大きく感じるが、決して扱いにくくはないし、重くも感じない。パワーアシストステアリングは軽いが緩くはない。この巨体の舵を指先で取ることにはすぐに慣れるだろう。アイドリングよりわずか上の回転でV8から溢れ出るトルク。程なく巡行に入り、ギアボックスは自動的に適切なギアを選ぶ。

最新の"ファントム"ⅦやⅧのような、密閉されたモダンカー特有の人工的な無音ではなく、洗練された機械的な静寂に包まれる。高級ホテルで感じる、遠くから微かに聞こえる活気、または乗船しているクルーズライナーのわずかなスクリュー音のような精神に寛ぎをもたらす静寂だ。クルーズライナーという表現は的確だ。ファンタムⅤのキャラクターは蒸気で大西洋を横断していた時代の大きな船を連想させる。



メカニカルサーボ付きブレーキは、効きに達するためには少なくともホイールの1回転を必要とする。だから、このブレーキは事実上速度制御装置に過ぎない。路面状況は細身のベークライト製ハンドルを介してデリケートにフィードバックされる。そしてもちろん、車はロールする。しかしそれは穏やかで、乗員はその中で揺れるというよりはともに動く感じだ。おそらくは、その重量またはボディのオーバースケールなプロポーションが作用しているのだろう。何か時間の流れさえスローダウンさせるように見える。

この車の真価は後席にあることはわかっているから、次にはそれを確かめなくてはならない。私が車を道の片側に寄せ、リアヒンジのドアを開けている間にポールはショーファーの仕事場に滑り込んだ。上品で趣味の良い角型のドアレリースボタンこそジェイムズ・ヤングの真骨頂だ。暖かく快適なソファにゆったりもたれる。かっちりしたショルダーサポートとフワフワのスプリングは古い劇場の椅子を思わせる。

ポー
ルはスピードに乗り、そこで私はやっと車に乗っていることを思い出した。走行中、路面はホイールの下でなめらかに滑って行くようだ。穏やかで大股なピッチング。そしてすべてのハーシュネスが丸くなって遠ざかるようだ。バンプは決して唐突ではないが、ある。それは豪華客船をまたしても思い起こさせた。非常に快適で優雅な時間を過ごすのに最高の場所。距離を縮め、そしていつか必ず目的地に到着する。私はパーティションガラスを開けてポールと話したけれど、オーナーはボタンを押すだけで自分の空間を完全に密封することもできる。

わたしたちはP&Aウッドに戻り、再び周囲を回ってみた。存在感に改めて圧倒された。各ピラーはCピラーを除いては皆細く華奢で、ガラス面積は最大限だ。現行の"ファントム"の太いピラーや、ブラックアウトに近いプライバシーガラスとは対照的だ。接合部のチリの細さはジェイムズ・ヤングのお家芸である。特にこの車が50年以上一度も分解されたことがないことを考慮すればなおさら驚くだろう。ポールはP&Aウッドではコーチワークを担当していて、熟練のスペシャリストとしての彼の目は見るべきところを見逃さない。

「コーチワークのクオリティ、パネルフィット、ドアの締ま
り具合、キャビン内部のすべてのウッドワークの仕上、カクテルキャビネットの作り、ピクニックテーブルの上げ下げの動き、クオリティはアメイジングだ」と絶賛する。すべてのハンドル類、キャッチ、ボタン類は特徴的なジェイムズ・ヤング専用品なのである。

「このリアクオーターウインドウは私の大好きな、こいつの
スタイルの要素だ。折りたたみ式の補助椅子やカクテルキャビネットも優雅なだけではなくスムーズに扱える。これは実際かなり実用的で使える車なんだ。なぜもっと多くの人々が評価しないのかって。それは公道上では扱いにくいという単なる思い込みからだ。しかもその点は、いかに段取りするかによるのだ」とポールは続けた。

板バネで支持したリジッドアクスルにドラムブレーキという、単調で面白みのないランニングギアであるにもかかわらず乗り味は明らかに快適だった。それなのに運転に緊張を感じさせてしまうという好例だろう。

「言われなければ気づかないことかもしれないが、この車の
コンポーネントの品質は信じがたいものなんだ。派手さはまったくないが、ボンネットの中は電気制御のヒーティングシステムの駆動装置を含めてすべて黒のエナメル塗装。こういう点を尊重することがとても高度で先進的な考え方なんだ」

最後のファンタムⅤはパーク・ウォード製リムジンだった。それは後に実験部門で1968年から正式生産されたファンタムⅥにコンバージョンされたが、それ以前の1967年に、ロンドンのコンデュートストリートにあったロールス・ロイス直営のショールームにデモンストレーターとしてデリバリーされたものだった。ファンタムⅤはフーパーやシャプロンなどが架装した5台と、台数では最多の196台を架装したジェイムズ・ヤング以外はすべて社内で架装された。



「社内」と
いうのはマリナー・パークウォードを指す。共に老舗のコーチビルダーであったH.J.マリナーとパークウォードは1960年ごろ相次いでロールス・ロイスに吸収され、合併して社内コーチビルダー、マリナー・パークウォードとなった。そしてロールス・ロイスのボディを架装できる最後の独立系コーチビルダーであったジェイムズ・ヤングも、社会の近代化の波に洗われその後の衰退を免れなかった。

マリナー・パーク・ウォードは、ファンタムⅥのシャシーに346台のリムジン、12台のランドーレット、そして10台ほどのスペシャルを造った。合計台数は、何台かの霊柩車と、後のカマルグに明らかに影響を与えたであろうピエトロ・フルア製の長大なワンオフ2ドアDHC、またそれと同じくらいユニークな、最終的に英国のコーチビルダー、ロイヤルカーズ社が1971年製のシャシーに架装した、上品とは言い難い1993年製4ドア7座カブリオレを含めて374台である。

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ヨーロッパと北米の安全基準に適合させるべく、ファンタムⅥは伝統の後ヒンジのリアドアを1972年に前ヒンジに変更したが、それでも米国の連邦安全基準はファンタムⅥの北米での販売を不可能にしてしまった。「ファンタムⅥは特別な存在というわけではなかった。つまりシルバーシャドウのコンポーネントを組み込んだファンタムⅤだったんだ」とアンディは語る。この合理的とも言える手法で、最後の13年間に67台が造られた。

もしも伝統に沿った本物の気品、それに現代的なパワーと洗練を加味した車を望むなら、ジェイムズ・ヤング製のファンタムⅤは、そのバランスからまさに最高の存在だ。「結局、こいつは戦後最高のコーチビルダーが手がけた最高級車だよ」というポールの言葉がすべてを語っているだろう。


編集翻訳:小石原耕作(Ursus Page Makers ) Transcreation:Kosaku KOISHIHARA( Ursus Page Makers) Words:Glen Waddington 

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