不朽の名作│アンディ・ウォーホルがペイントしたBMWのアートカー

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アンディ・ウォーホルがBMWのアートカーをペイントするのにかかった時間は24分。そのわずかな時間で車は不滅の命を得た。

アンディ・ウォーホルほど20世紀後半の時代の息吹を見事に察知していた芸術家はいない。ポップカルチャーが信仰にも近い影響力を持つ存在となったことをウォーホルは理解していた。アトリエではなく、作品を"製造"する「ファクトリー」をニューヨークに設け、その存在感はルネサンス期のフィレンツェにおける大聖堂ドゥオーモに匹敵した。

ウォーホルは百貨店を閉鎖して現代社会の博物館として保存することを提案した。また、まずは他人の、やがては自分自身の名声を大いに利用した。靴のイラストを描く商業アーティストとしてキャリアを始め、やがて最も"商業的" な芸術家となった。金を稼ぐことは最高の芸術だと言ったことさえある。ミューズと崇めたマリリン・モンローを模した白髪のかつらをかぶり、ナイトライフを謳歌し、グルーピーのひとりに銃撃される事件もあった。

ウォーホルは車を愛した。ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館に展示されている最初期の絵は、兄の配達用バンを描いたものだ。臆病な性格と薬物濫用のために運転免許こそ持たなかったが、車への畏敬の念は本物だった。作品のモチーフとしても、電気椅子やハリウッドスター、エルビス、スーパーマーケットの商品と並んで、車を繰り返し取り上げた。『Silver Car Crash(銀色の車の事故)』と名付けられた1964年の作品に1億650万ドルの値が付いたことは記憶に新しい。



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ンを牽引していたウォーホルと、厳格なドイツの技術者集団というのは、いかにもちぐはぐな組み合わせだ。この史上最もクリエーティブなハプニングは、両者をそれまで想像もしなかった場所へと導いた。BMWは芸術家が集うパーティーに、ウォーホルはル・マンに、魂だけではあったが、その身を置くこととなったのである。残念ながら、ウォーホルが"ファクトリー" で依頼の電話を受けたときの状況や決断に至る過程については記録が残っていない。ただ、BMWの重役会議とはまったく異なる雰囲気だったであろうことは容易に想像できる。

ウォーホルが1979年に手掛けたM1は、BMWのアートカーの4台目だった。このプログラムは1975年のアレクサンダー・カルダーに始まり、フランク・ステラ、ロイ・リキテンスタインという当代随一の芸術家が3.0 CSLをペイントしていた。ウォーホルの場合は車種だけでなく、その関わり方も異なる。前の3人は5分の1のスケールモデルにペイントし、それをミュンヘンのペイントショップが実車に再現していた。対してウォーホルは自ら手を下したのである。

「レースパフォーマンスを妨げない限りは自由」という要項などお構いなしだった。ウォーホルの最初の提案は、車を花とカモフラージュ柄で飾ることで、次の案は窓も含めてすべてを茶色でペイントすることだった。もちろんBMW
は難色を示した。

そこでウォーホルはドイツへ飛ぶことにした。ほかのアーティストは無報酬だったが、ウォーホルは飛行機のチケットをせしめ、自身と取り巻きのためにミュンヘンの最高級ホテル、フィア・ヤーレスツァイテンに部屋を取らせた。そして仕事に取りかかったのである。

「誰もが15分間は有名になる時代がやって来る」とウォーホルが言ったのは有名な話だが、史上最も有名なBMWを造り出すのにかかった時間はわずか24分だった。インテリア用のペンキと刷毛を手にすると、あきれるほどの大胆さで、大きな色のかたまりからなるデザインを一気呵成に描き上げたのである。スケッチや模型を用意していたのかどうか、当時の映像からは分からない。

ウォーホルはスピードを感じさせるものを目指したと語った。この作品は美しい矛盾を内包する。ウォーホルは自身のアートを画一的で個性のない大量生産品にしようとした。ところがBMW M1はウォーホル自身による肉筆画だ。レンブラントの絵と同じように、筆の運びを雄弁に伝えるタッチを見て取ることができる。このプロジェクトの特殊性を強調するかのように、ウォーホルはリアバンパーのまだ乾いていないペンキの上に自分の指を走らせて署名した。

この車は、ル・マンで6位フィニッシュを果たした。24時間のレース中にペンキの一部がボディから剥がれ落ちたのも何か象徴的だ。アートに実用性が必要だなどというルールはない。ニューヨーク近代美術館は1951年に、車は「走る彫刻」だと宣言している。ウォーホルは"レースする絵画" を生み出した。BMW が所有するのは、おそらく世界で最も貴重な車なのだ。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO( Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words:Stephen Bayley

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