CMCのバードケージ1/18(Photograpy:Kumataro ITAYA)

ここ数回、カメラや鉄道、録音機など、オートモビリア(自動車関連蒐集対象物)の中心からはやや遠い内容が続いたので、今回は素直にモデルカーの話。マセラティ・ティーポ60/61を肴に最近のモデルカー事情の一端をご紹介したい。

クルマのミニチュアはオートモビリアの中核をなす存在。然るに、これまで本稿でとりあげたのは第4回の「フェラーリとポルシェのモデルカー」ただ一度だけ。これには若干の個人的事情が影響している。

今や日本は世界に冠たるモデルカー大国である。一例をあげると、日本では毎月、クルマのミニチュアだけをとりあげる専門誌がいくつか刊行されている。そのうちのひとつに「モデルカーズ」という雑誌がある。世界的にも稀なモデルカー専門の月刊誌、そちらに2009年から「自動車博物記」というコラムを連載、毎月、手持ちのミニカーなどを紹介しながら好き勝手なことを書いている。本誌のコラムを担当させていただくにあたり、「モデルカーズ」に連載中の「自動車博物記」との重複は避けよう、と心に決めてきた。それが本稿でモデルカーを取り扱う頻度が少なかった背景である。

ここのところAIの語をよく耳にする。AIが人間から職を奪うといった話。たとえば商業施設の駐車場入口などにいる交通整理の人。彼らの様子を観察してみると、歩行者が来れば一律にクルマを止めることしかしない。これならばAIの方が、道路の混み具合、歩く人の人数や速度などを総合的に判断して、必要なら歩行者に少しだけ待ってもらうことも含め、適切に交通整理をするのではないか、などとAIの導入を夢想したりしている。

もちろんAIの真骨頂は、もう少し大きな局面における活用にある。英国のロンドンでは、市内の信号機のほとんどを各所に設置されたモニターを活用しながら中央で人間が制御して円滑な交通の実現を図っているのだが、そのような場こそAIが活躍しそうである。また、実験的に医療の現場でAIに画像診断させたところ、その結果は人間の医者より早くて正確だった、というような報告もある。

AIに限らず、熟練した専門職の判断領域すら機械が浸食しつつある今日、モデルカーの世界でも状況は日々変化している。

モデルカー業界における大きな変化のひとつは、精密化。デジタル化の浸透や工作精度の向上から、わたしが子どもの頃に接していたミニカーと、現在販売されているモデルカーでは、実車への忠実度が格段に進化している。更に、モデルカーの設計が比較的容易になったためなのか、以前ならおよそモデル化を望めなかった車種までも商品化されるようになった。そして価格。現在のモデルカーの販売価格は、高いといえば高いのだが、1980年代に同程度のモデルカーを得ようとすれば、少量生産ですこぶる高価なハンドメイド品しかなかった。それからすれば現在のモデルカーの価格はリーズナブルに思える。

もうひとつ忘れてはならない点として、モデルカーのサイズの多様化がある。1960年代からしばらく、ミニカーといえば大体が1/43前後の縮尺と決まっていた。それが、現在では1/18や1/12のモデルカーがかなり多く出回っている。加えて、1960年代から馴染みのあるミニカーに、マッチボックスなどの1/60から1/70程度の小さなものがある。今や、それらよりも小さい1/87の精密なモデルカーや、なかには1/150や1/160といった豆粒のようなモデルカーまで市場にでてきている。サイズとしては大型化と小型化の両端に新たな展開がみられる。

マセラティ・ティーポ60/61(以下バードケージ)の実車を初めて目にしたのは今から30年ほど前、御殿場にある個人の収蔵庫だった。通常は非公開の場に、格別のご厚意で入れていただくことができた。その時に撮影した写真には、たしかにバードケージが写っている。ところが、わたしは同じ庫内にあったアルファロメオのティーポ 33やフェラーリの250LM、メルセデスのグランプリモデル等々の華やかなクルマたちに心を奪われていて、バードケージを詳しく見ることはなかった。したがって、バードケージについては、ボンネットすら開いていない。

それから数年後、モデルカーの好きな会社の先輩に招かれて、彼の自宅を訪ねた。そこで見せられたのは、彼が英国赴任中、ステファン・バーネットというスケールカー作家に直接依頼して一台だけつくってもらった特別なバードケージ。1/43とは思えないすばらしい出来で、見せ場はエンジンルーム。開くとは思えないほどチリ合わせのしっかりしたボンネットを開くと、バードケージ特有のスペースフレームに抱かれたエンジンが現れる。メタル製のボンネットが、また紙のように薄い。ため息しか出なかった。

バードケージの実車を目にするという千載一遇の機会を得ながら、ボンネットを開いてもらうことをしなかった愚を恥じるとともに、痛烈な後悔に見舞われた。

CMC(Classic Model Cars)というモデルカーメーカーがある。1995年にドイツで発足した会社で、先に記したモデルカーの新たな潮流を如実に示す旗頭のひとつである。そのCMCからバードケージの精密なモデルが発売され、即座に飛びついた。CMCというメーカー、クルマとしてのバードケージをモデル化するだけでは飽き足らず、暫くするとボディを取り去ったシャシ部分のモデルをリリース。これには、モデルカーの新たな境地を拓こうとの強い意志を感じるとともに、ボディに隠れて見えなくなる部分まで、手を抜かずにつくりこんでいるCMCの自信と自負を感じた。続けてバードケージのエンジン単体も商品化。さすがにそこまでだろうと思っていたら、ダメ押しの一手として、バードケージと呼ばれる所以であるスペースフレームだけをモデル化。ドイツのメーカーらしく、やることが徹底している。

CMCからはその後もマセラティ・300Sが完成車とシャシ状態とエンジンの三態、アルファロメオ・8C 2900 Bも同様、最近ではランチア・フェラーリとして知られるランチア・D50も完成車とシャシ状態の二様で商品化されている。

これらはほんの一例、CMCだけでなく、モデルカーの動向には、これからも目が離せそうにない。


文、写真:板谷熊太郎 Words & Photograpy:Kumataro ITAYA

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