世界初 マクラーレンF1をファクトリーでレストア│心臓が止まるかと思うほど騒々しいノイズ

Photography:Tim Scott, Restoration photography:Patrick Gosling / Tim Scott



2016年以降、マクラーレンは自分たちのヘリテージをいかにビジネスに生かすべきかについて、スペシャル・オペレーション部門を中心に真剣な検討が行われた。事故でダメージを受けたF1ロードカーの修復であれば、これまでにも何度か手がけたことがある。なかでも、もっとも有名なのは、かつて『Octane』に寄稿していたローワン・アトキンソン(『ミスター・ビーン』で有名なイギリスの喜劇俳優)のケースだろう。しかし25RのGTRは、インハウスで完全なレストアを行う最初のサンプルとなった。キッドストンSAの代表取締役であるエマニュエーレ・コッロは、このときの経緯を次のように振り返る。

「過去10年ほどの間に、私たちはF1を12台ほど販売しま
した。創業者であるサイモン・キッドストンもシャシーナンバー007を所有しているほどで、このモデルに関してはとても経験豊富といって差し支えありませんが、先ごろ、極東に暮らすあるクライアントの依頼で25Rの査定を行うことになりました。このモデルが最後にレースを戦ったのが日本だったためですが、ここ数年は走らせた形跡がなく、新しいオーナーもどこまで本格的な作業を行うべきか、判断しあぐねている様子でした」

「そこで私たちはマクラーレン自身の手でマシンをチェックしてもらい、その見解を聞かせてもらうことにしました。私たちが"ファクトリー"を選んだのは、次に挙げるふたつの理由からです。ひとつは、この車が誕生した場所でレストアをするという、言ってみればある種のロマンスです。もうひとつは、彼らの優れた実力を私たちもよく承知していたことにあります。ところが、この作業を開始して間もなく、やはり私たち顧客でもある別の方がこの車を購入しました。ヨーロッパで暮らすこの方もまた、私たちとまったく同じ考えをお持ちでした。つまり、小さな識別用ライトから特徴的なガルフ・カラーにいたるまで、完全な1997年のル・マン仕様にレストアしたいと望まれたのです」

マシンの状態をチェックするため、2016年初頭に"里帰り"した25Rは、ル・マン後の1998年にマクラーレンでオーバーホールされた直後と同じように、真っ白にペイントされていた。一度は火災にあったマシンだが、このときエンジンはリビルドされ、トランスミッションも組み直されていた。日本のレーシングチームであるヒトツヤマに売却されたのは1999年のことで、2003年まで全日本GT選手権(後のスーパーGT)に参戦。2005年にもレースに復帰したが、このときはモーターサイクル用ウェアを手がけるイエローコーンによってイエローとオレンジのカラーリングが施された。25Rが出場した最後のレースは2005年に富士スピードウェイで開催されたものだが、これはF1が国際的なモータースポーツに挑んだ最後のケースだったとされる。



状態を確認するために車両を分解すると、25Rが使い込まれたレースカーに特有の特徴を備えていることが明らかになった。ハンドツールが繰り返し用いられた形跡や、何年にもわたって補修されてきた跡がそこかしこに見つかったのだ。モノコックの底面には、数え切れないほどのスクラッチや穴が開いていたほか、右側のラゲッジルームを覆うハッチは交換されていて、このマシンがどこかの時点で強いサイドインパクトを受けたことを物語っていた。ホイールアーチの周辺はサーキットに散らばった様々な破片によって散々痛めつけられたらしく、至るところに補修痕が残っている。ただし、モノコックそのものは構造的にも異状はなさそうだ。残る問題は、レストアにどのくらいの期間かかるか、という点だけだった。

2016年11月、われわれ取材班はイギリス南部のGTRコンポジットを訪れた。モノコックのリペアについてマクラーレンがもっとも信頼する同社は、カーボンコンポジットに関する能力にかけては1990年代から世界的に有名な存在で、技術者のスティーヴ・ラーダーほどF1のレストアに相応しい人物はほかにいなかった。なにしろ、スティーヴが1991年にマクラーレンに就職したのはまさにF1のモノコックを製作するためで、彼はF1の生産が終了する1998年まで在
籍していた。「ロングテールを造るのは、もっとも大変な作業でした」 スティーヴが当時を振り返る。「なにしろマシン後部に追加された作業がどっさりとありましたから。1997年に毎日12〜14時間、3カ月間にわたって無休で働き続けたのは、このロングテールを造るためでした」

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Mark Dixon 

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