完璧にレストアされた最高にエキゾチックな1台│強烈で肉体的なドライビング体験

Photography:Tim Andrew



恥ずかしながら、こうした歴史を私はまったく知らなかった。そんな状態でレストレーション・スペシャリストのソーンリー・ケラムを訪ね、1967年ビッザリーニ5300GTストラーダを間近で見て、なんとドライブすることになったのである。レストアを依頼したオーナーは、エンスージアストでコレクター、そしてコールドプレイのベーシストであるガイ・ベリーマンだ(私はすっかりファンになってしまった)。私も、グッドウッドやスパ、シルバーストン・クラシックなどで5300GTを目にして、そのシェイプやサウンド、飛ぶように走る姿に心を奪われていた。ノーズをツンと上げ、リアを低く下げて、憧れの4輪ドリフトでコーナーを滑らかに駆け抜けていく。しかも名前は"ビッザリーニ"だ。これ以上エキゾチックな車はあり得ない。

ソーンリー・ケラムの立派な施設には、美しいランチア・アウレリアやフラミニアに、ポルシェ356のボディシェル、完成間近のプロジェクトなどが所狭しと並んでいた。その中でもスターの輝きを放っていたのがビッザリーニだ。サイモン・ソーンリーとウェイン・ケラムが、車を見ながらレストアについて詳しく説明してくれた。シャシーナンバーはIA3*0276、1967年の5300GTストラーダで、同年6月26日にローマに住む最初のオーナーに納車された。ベリーマンの強い希望で、レストアはオリジナルの状態を生かすことを最優先に、細心の注意を払って行われた。…ボイスレコーダーを持参して正解だった。なにしろ目の前にビッザリーニが鎮座し、そのキーを自分が握っているのだから、説明を聞いてもなかなか頭に入ってこない。

(私にとっては)永遠にも感じた話が終わり、いよいよオリジナルのグランプリ・ステアリングの下に怖々足を差し入れた。本当に入るのか心配になるほど、とにかく車内が狭いのである。シートは後ろに大きく傾いているが、それでも頭がルーフについてしまうので、少しずり落ちてみた。すると抜群の眺めが広がった。ウッドリムのステアリングは、握ってみるとほっそりしている。深紅のセンターバッジには、翼を広げた鷲が白いエナメルであしらわれている。その上にはゴールドで"BIZZARRINI"の文字が翼の端から端まで半円を描き、下には小さな"LIVORNO"の文字が残りの半円を描く。ステアリングの向こうには左側にレブカウンター。

"50"の二つ上の目盛りからオレンジに、"60"の二つ手前
から赤に塗られ、最後は堂々たる"70"だ。右側の速度計は320km/hまで目盛りが切られている。これもドラマチックな演出だろう。

私は停止状態で4段ギアの"シャドー・ボクシング"をやってみた。フットウェルはタイトでクラッチも重いが、シフトレバーは非常に短く、メカニカルな感触だ。フェラーリ伝統のオープンゲートではないものの、リンケージの音はそれを思わせる。レバーはトランスミッショントンネルの中央より大きく左に寄った位置で、ステアリングを握る手のすぐ脇にある。完璧だ。サイモンの勧めでエンジンを始動する。ひとりで大丈夫かとウェインに聞かれ、私は自信たっぷりのフリをして頷いた。ハッタリが利いたようだ。シャッターが開き、日差しの中へと送り出された。

内心は恐れおののいていた。深く倒したドライビングポジションにはまだ慣れないし、バックミラーの視界は最悪だ。リアウィンドウはほとんど水平なので、トランクに敷かれたクリームのレザーが日差しを浴びて映り込んでいる。見えるのはソーンリー・ケラムの見事なトリミング技術ばかりだ。

しかもサイドミラーはない。ありがたいことに、大排気量の
V8は驚くほど静かでスムーズに回り、寛容だ。回転を上げずとも、すんなりコッツウォルズへと滑り出せた。

意外にもおおらかな乗り心地と従順なV8からは、ロードカーとしても十分通用しそうな印象を受ける。ただし、エンジンの一部が車内に潜んでいるのを感じるし、低いドライビングポジションやクラッチペダルの重さ、シフトレバーの動きなどからも、空力や重量配分や重心の最適化がジョットの頭を占めていたのは明らかだ。サイレンセスターの小さなラウンドアバウトや、傍若無人なバンのドライバーといった俗事に関心はなかったのだろう。そのうちに車内がかなり暑くなってきた。私が汗ばんでいるのはエアコンがないせいか、それともポンドで7桁の値札のせいか…。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Jethro Bovingdon 

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事