奇想天外なアストンマーティン│催眠術にかかるような魅力とは?

Photography:Matthew Howell



ラゴンダは奇抜なルックス以外にも、極めて短期間で実車がお目見えしたという点で特筆すべき車だった。自己破産から半年間の休業を経て新たな投資家を得ることができたものの、復活を確固とするためには、翌年のモーターショーで世間を驚かせる作品を公開しなければならなかった。そのチャレンジに挑んだのがデザイナーのウィリアム・タウンズと、当時シャシー設計担当のマイク・ロースビーだった。1976年2月にはラゴンダのデザインが出来上がり、10月12日のモーターショーでお披露目された。たった8カ月で完成したのだ。

デザイン通りのボディサイズでは、既存のV8用シャシーでは強度が足りないため、ロースビーは新たに補強を施した。低いボンネットを実現させるため、エアクリーナーボックスの搭載位置を極力下げ、オイルパンを改造した。エンジンはAM V8のものをベースにし、サルーンらしいフィールが得られるように、カムシャフトのプロファイルをマイルドにし、その分のパワーを補うためにバルブを大型化した。トランスミッションは、信頼性が高いことで定評のあるクライスラー製「トルクフライト」3速ATを組み合わせた。また、ZF製のマニュアル・ギアボックスの搭載も検討されたが、実現には至らなかった。エッジの効いたエクステリアデザインの衝撃度と比べたら、機構面にはさほど驚くようなことはなかったと言ってもいいだろう。

エクステリア同様、インパクトを与えるのがインテリアだ。後席のヘッドスペースが思いのほか窮屈なこと、長身者にはちょっと窮屈な膝のスペースも、フカフカの本革シートに座ればすべて忘れる。しかし、もっとも驚かされたのはリアドアのウィンドウかもしれない。強く寝かされたことで、構造上開閉ができなかったのだ。エアコンディショナーに頼ればいいとはいえ、灼熱の中東市場に向けたモデルとして顧客に受け入れられるか否かは賭だった。しかも開発段階ではフロントの開閉も確実ではなかったと聞く。



これほどまでにデザインを優先した車は、今の時代では考えられないことだろう。そして、ラゴンダの最大の特徴といえば、当時では超ハイテクだったLEDとタッチパネルを採用したインスツルメントパネルを語らずにはいられない。

当初、ラゴンダからは既存のスイッチ類を排除し、すべてをタッチパネルで操作するよう計画されていた。まず、イギリスのクレーンフィールド・インスティチュート・オブ・テクノロジーが開発に取り組んだものの、あえなく失敗。その後、タッチパネルの開発はアメリカ・テキサス州にあるジャヴェリン・コーポレーションに委ねられた。出てきた開発コストの見積もりは、なんと車両開発総予算の4倍だったという。デリバリーが始まった1978年、まるでSFのようなラゴンダのコンセプトにも若干の妥協が成された。それでもタッチパネルのスイッチは当初の計画よりも減って17個、ドライバー側のドアに14個、そして換気をするための従来のスティック型スイッチが3個配された。果たして、ラゴンダのコンセプトは成功と呼べるのだろうか。イエスでもありノーでもある。

インスツルメントパネル周りのコンセプト自体は素晴らしかった。従来のアナログ表示を廃止して、デジタルによって具体的に表示することで、ドライバーには正確な情報が伝達された。たとえば燃料計は残量がパーセンテージで表示されたほか油圧、速度やタコメーターもすべてが数値で表示された。様々な情報が数値で表示されることで近未来さを感じさせはしたが、運転中における視認性の高さという点では疑問が残ったのは事実かもしれない。しかし、ラゴンダにとって視認性も、後席のレッグスペースがひどく狭いのも、窓が開かないことも、どれも大した問題ではない。

さらに言えば、これだけ近未来の演出に徹していたのにもかかわらず、エンジンは普通にキーを回さなければならず、ATのシフトレバーもワイパーレバーもその辺の乗用車と同じものだった。それでも許せる。

編集翻訳:古賀 貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom) Words:Mark Dixon 

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