アストンマーティン初となる超高級パワーボートのお手並み拝見

Photography:Max Earey



AM37Sをひと目見た瞬間、私の中に根強く残っていた疑念は、穏やかなリヴィエラの日差しに完全に溶けて消えた。モナコの中心に位置するプライベート・ポンツーン(舟橋)の端で真っ黒なロープにつながれて待っていたのは、とびきりクールなボートだったのだ。堂々とした風格を備えながらもどこか繊細で、クラシカルな優雅さとモダンさを併せ持つ。まさにアストンマーティンの名車と同じだ。

この印象にひと役買っているのがカラーで、艶やかなメタリックのマリンブルーが、広々としたチーク材のデッキを美しく引き立てている。だが、なんといっても目を惹きつけられたのが見たこともないようなウィンドスクリーンだ。1枚のガラスがコクピットをぐるりと取り囲んでいるだけでなく、その基部が外側に反り返り、デッキをなめるように伸びている。こうした形状は、いまだかつて誰もなし得たことがないと聞いた。ボートの製造を担ったチームは、幾晩も眠れぬ夜を過ごしたに違いない。

ボート全体がすっきりとしたミニマリズムに貫かれており、雑然としたところがどこにもない。たとえばフォアデッキには手摺りすらないのだ。そのため、ドックに戻った際に必要になるフェンダーを結ぶ場所もない。代わりに船体の端に専用のホルダーがあり、そこにクロームのペグを使って固定する仕組みだ。

船首にも、見苦しいアンカーやチェーンがぶら下がっていることはない。ノーズに格納庫があり、旋回するアームの先端に取り付けられたアンカーがリモコン操作で現れる。また、普通は雨が降るとボートをファブリックで覆って、うんざりするほどスナップを留めなければならないが、AM37は違う。キーに付いたボタンひとつで、リアデッキからカーボンファイバーのカバーが滑り出てきてコクピットを完全に覆い、風雨から守ってくれる。

だが、いざ乗り込む段になると、このミニマリズムは少々行き過ぎではないかという気がしてきた。乗り降りの際につかまる場所がまったくないので、ちょっと足がふらついたら最後、海に転がり落ちてずぶ濡れになってしまいそうだ。幸い、心配したようなこともなく、広々としたリアデッキを歩いて無事にコクピットにたどり着いた。デッキからコクピットへと降りる際に足を置くチーク材のステップはボタンひとつで収納され、下に隠れたベンチシートを広々と使えるようになっている。



コクピットも、これまでに経験したデイクルーザーとは段違いだった。なによりデザインが秀逸で、ユニークなデジタルのダッシュボードをはじめとして、見るもの触れるもの、すべてがAM37Sのための特注品なのだ。スキッパーとアシスタントの2脚のポッド型シートはトリミングも美しく、ディープコーンのステアリングにはアルミニウム製のスポークが輝き、その中央を七宝で彩られたアストンのバッジが飾る。特に惚れ惚れするのがレザーでトリミングされたスロットルのコントロールポッドで、カーボンファイバーが彩るパネルにトリムタブ等の制御スイッチが集まっている。これもマーキュリーの標準ユニットを使えば済むところを、AM37のためだけにデザインしたものだ。

フロントデッキの下に位置するキャビンには、操舵席のすぐ左にあるスライド式の自動ドアで出入りする。レザーとローズウッドで豪華にしつらえられた室内は装備も充実しており、48インチのテレビ、エスプレッソマシン(スマートフォンで遠隔操作もできるらしい)、冷蔵庫、電子レンジを完備。また、隅にはトイレとシンクとシャワーを備えたミニバスルームがある。テーブルを取り囲むソファの上には左右に細い天窓があって、降り注ぐ光が室内を満たしている。日が暮れたら、あちこちに巧妙に隠されたLED照明がその役目を引き継ぐ。また、船内でひと晩を過ごしたいなら、テーブルを下げて上にクッションをはめ込むだけで、足を伸ばせる広いベッドに早変わりする。さすがのOne-77でもこうはいかない。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Harry Metcalfe 

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