アストンマーティン初となる超高級パワーボートのお手並み拝見

Photography:Max Earey



クルーによる準備が整い、いよいよテスト開始だ。スキッパーとして充分な経験があると認められた私は、ポンツーンを離れたら舵を取ってよいことになった。ダッシュボードの右側にある2個のボタンでV8エンジンを始動する。すると、まずその静粛性に驚かされた。まだアイドリング状態ではあるものの、後ろの広大なデッキが、真下にあるパワフルなエンジンのノイズをきちんと遮っている証拠だ。ポンツーンを離れると、3ノットという速度制限を守ってハーバーの中をエンジン1基で進んでいった。

進路を変えると目の前に海が広がり、スロットルを開放したい誘惑に駆られた。しかし、速度制限はハーバーの出口から数百メートル先まで続くので、もうしばらく我慢だ。そして、ついにそのときがやってきた。スロットルレバーを前へ倒し、2基のエンジンを眠りから目覚めさせる。ここでも、背後に巨大なV8エンジンが2基あるとは思えないほど静かなのに驚いた。AM37Sはぐんぐん加速し、舳先が水面に上がり始めたが、そのままなかなか水平になろうとしない。キャプテンが、トリムタブを完全に下ろしたほうがいいとアドバイスしてくれた(トリムタブは船尾の水中にある約30㎝四方のフィンで、スポイラーとは逆に船首を下げる役割をする)。言われた通りにすると姿勢が水平になり、本格的に水面を滑走し始めた。

ステアリングの横にあるナビゲーションスクリーンを見ていると、デジタルの速度表示が25ノットから40ノットへと瞬く間に上がっていく。クリアで非常に見やすいディスプレーも、やはりビスポークアイテムで、私はテスラの大きなスクリーンを思い出した。ここからもエンジニアリングの粋を集めたボートであることが感じられる。

スポーツボートを試すには絶好の陽気なのだが、外海は小さな波が立っていた。そこで、波頭でわずかにスロットルを戻し、下りで船が叩きつけられないように気を付け、前方に波の立っている箇所を見つけたら舵を切って避けるようにした。意外だったのが、ステアリングがそれほどシャープでないことだ。ロック・トゥ・ロックが4.5回転で、スポーツボートにしては比較的スローな設定なので、水上では思った以上にステアリングを切る必要がある。一方、最も感銘を受けたのがハル(船体)だ。波に対して見事な対処を見せるのである。次々に現れる波をきれいに突破していくが、それでいて乗員が感じる衝撃は最小限に抑えられている。

また、コクピットではまったくスプレー(水しぶき)で濡れる心配がない。すべては卓越したハルデザインのおかげだが、排水量6.7トンと、決して軽い船ではないことも功を奏している。比較的重量があるおかげで乗り心地が抜群で、船体から聞こえてくるきしみ音も驚くほど少ない。ただ、立って操舵する場合のヘルムポジション(ドラポジ)は完璧とはいえなかった。座面が当たって体がステアリングに押しつけられてしまうのだ。ステアリングのディッシュを浅くするか、シートの位置をもう少し離してくれるといいのだが。もうひとつ、ささいな点ながら気になったのが、スクリーン上で速度計が大きな位置を占め、レブカウンター2個はその片側に小さく配置されていることだ。これは逆のほうがいい。

2基のエンジンのバランスが取れているかどうか確認するために、
それぞれの回転数を知りたいからだ。速度はナビゲーションスクリーンにも表示されるし、そのほうが正確だ。

こうした点はプロトタイプにつきものの初期的な問題に過ぎず、今後、修正されるだろう。それより、モナコへと引き返す途中で私の頭の中を占めていたのは、これはアストンマーティンのようなブランドにとって非常にエキサイティングな新ベンチャーだという思いだった。今の時代にボートを造る最大の魅力は、デザイナーを縛る法規制が少ないことだ。あとでマレク・ライヒマンに聞いたところ、規制の影響を受けたのはライトだけだという。それ以外はすべてデザインチームの裁量で自由にできたので、規制の厳しい自動車とは比べものにならないほど大胆に腕をふるうことができたのだ。



これだけのボートだから、価格もスペシャルなのはいうまでもない。AM37は最低でも126万ポンドで、"S"バージョンは税抜きで162万ポンドに上る。"通常"の37フィートのスポーツ・デイクルーザーとは途方もない開きがあり、似たサイズのウィンディ・39カミラやリーヴァ・アクアリーヴァ・スーパーと比べても約100万ポンドもの上乗せだ。これをアストンマーティンのバッジで正当化できるのか、それは顧客が決めることだが、すでにいくつかオーダーが入っているという。クインテッセンスのCEO、マリエラ・メンゴッツィによれば、製造できるのは年間に6~10隻程度というから、その点でもごく限られた人にしか買えないボートということになる。したがって、一般的な需要と供給の法則は当てはまらないのかもしれない。

もうひとつ頭に浮かんだことがある。クインテッセンスが1サイズのボートのためだけに、専用の建造施設を構えたり、これほど多くの専用パーツを製造したりといった投資をするはずがない。

しかし、バリエーションを増やす予定があるなら話は別だ。私には、
今後アストンマーティンブランドのボートがもっと多く登場するのではないか思えてならない。AM37シリーズを見る限り、それは間違いなく胸躍る展望だ。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Harry Metcalfe 

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事