ベルギー国王のために造られた特別なアストンマーティンが捨てられていた?

Photography:Tim Wallace/Aston Workshop

こで紹介するヴィニャーレのボディをまとったDB2/4は、ベルギー国王のために造られ、のちにアメリカへ渡り、うち捨てられた状態で見つかった。それが今ようやく、かつての輝きを取り戻そうとしている。

1950年代は、コーチビルダーにとって第二の黄金時代だった。戦後の窮乏期が終わり、裕福なエンスージアストが再び車に資金を投じるようになったからだ。なかでも最も贅沢な楽しみが、フェラーリやマセラティ、ベントレー、ロールス・ロイスなどの最新シャシーに、オーダーメイドのボディを注文することだった。もちろんアストンマーティンもこの例に漏れない。

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特にDB2/4 は想像の翼を羽ばたかせるベースには最適で、1950年代中頃には、12台もの左ハンドル仕様ローリングシャシーがイタリアやスイスのカロッツェリアの元へ送られている。その結果、ジェット機にインスパイアされたギアのDB2/4スーパーソニックや、気品漂うトゥーリングのDB2/4スパイダーなど、実に多彩なバリエーションが誕生した。12台のうち2台はトリノのカロッツェリア・ヴィニャーレに送られた。1台はフランス人顧客の車だが、今では行方不明になっており、失われてしまったものと見られている。残るもう1台が今回の主役で、誕生の経緯からして特別な車だった。

このシャシーナンバーLML/802は、1954年9月にヴィニャーレに送られた。鋼管製の強固なシャシーに搭載されていたのは、2.9リッターに拡大された最新のDOHC直列6気筒" LB6 " エンジンで、最高出力は105bhpから140bhpに向上し、ファイナルレシオも3.73:1に引き上げられていた。

発注主は、車好きとして知られるベルギー国王、ボードゥアン1世だ。当時24歳になったばかりのボードゥアン国王は、父親のレオポルド3世の退位を受けて1951年に即位した。レオポルド3世に対し、ナチスドイツにあまりにも簡単に屈服したと考えた国民からの反発があったことから、退位を余儀なくされたのだった。

また、イギリス生まれの平民であるメリー・リリアン・バエルと
再婚したことも、レオポルド3世にとっては逆風となった。のちにレティ公爵夫人の称号を与えられたこのリリアン王女こそ、ボードゥアン国王にヴィニャーレを紹介した人物だった。

アルフレード・ヴィニャーレは、1913年にトリノ近郊のグルリアスコで生まれた。すぐにカロッツェリアの世界に飛び込み、11歳で金属加工の見習いになると、17歳になる頃にはスタビリメンティ・ファリーナで働いていた。当時これを率いていたのが、ジョヴァンニ・ファリーナ、あのバティスタ・"ピニン"・ファリーナの兄である。独立するというヴィニャーレの夢は第二次大戦で一旦お預けになったが、1948年、ついにトリノのチリアーノ通りにカロッツェリア・ヴィニャーレを設立した。

金属の芸術家を自負していたヴィニャーレは、シャシーは彫刻家にとっての大理石の塊であり、そこから想像をふくらませ、アルミニウムやガラスやクロームと組み合わせることで命を吹き込むのが仕事だと考えていた。カロッツェリア・ヴィニャーレにデザインを供給していたのは、多くが若きジョヴァンニ・ミケロッティで、その未来的な流線型のシルエットは、すぐにメーカーや裕福な顧客の注目を集めるようになった。最大の転機となったのが、1950年のフェラーリ166ミッレミリアだ。これが大評判となり、その後、ヴィニャーレは156台にも上るフェラーリを手掛けることとなる。 



そうしたフェラーリの1台が、ヴィニャーレDB2/4の誕生につ
ながった。きっかけは、1954年にヴィニャーレがリリアン王女の依頼でフェラーリ250GTのボディを製作したことだ。リリアン王女はわざわざヴィニャーレの元に出向き、ミケロッティが提示した4種のデザインからひとつを選んだ。それは、ラップアラウンドのフロントウィンドウと広いガラスエリアを特徴とするドラマチックなデザインだった。完成したフェラーリが納車されると、リリアン王女は数千キロも走り込み、ベルギーで若きボードゥアン国王に車を自慢した。速い車に目のない国王は(ほかにもポルシェ・スパイダーやマセラティ数台、標準ボディのDB2/4も所有していた)、このデザインにいたく感銘を受けた。

そして、これと
似たシルエットのボディをアストンマーティンのシャシーに架装するよう、ヴィニャーレに依頼したのである。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Peter Tomalin 

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