熾烈なバトルのプレイヤー│フェラーリF40 vs ポルシェ959

Photography:Michael Bailie



頼りないほど軽いカーボンファイバーのドアを開けると、誰かが自分で作ったキットカーのようなF40のインテリアが目に入る。定番のモモのステアリングホイール、真っ赤なレーシングシート、露出したシフトゲート、そして申し訳程度の計器類。カーペットなし、ドアトリムなし、つまり余分な重量もなしというわけだ。

まさにこのボディとシャシーの構造がF40の特徴である。当時F1GPで使われていた複合素材技術を用いて、スチール製チューブラースペースフレームにケブラー製パネルを接着するという方法で軽量化と捻じれ剛性の確保を両立させている。ドアやボンネットなど、脱着できるパネルのすべてはカーボンファイバー製で、その結果車重は1100㎏に収まった。これは1970年代初めのポルシェ911 2.7RSと同レベルである。

幅広いサイドシルを越えて深いバケットシートに座ってみる。ステアリングホイールは高い位置にアップライトに取り付けられており、フロアは黒いコンポジット材が剥き出し、ペダル類も同様でダッシュは安っぽい素材で覆われているが、計器類は真っ直ぐ見やすい位置にあり(タコメーターのレッドラインは7750rpm)、長いシフトレバーも申し分のない場所にある。

ニュートラルを確かめてキーを回してスターターボタンを押すと背後のV8は何事もなく目覚めた。最初はわずかに息づきが感じられたものの、ちょっとスロットルをあおるときれいに吹け上がる。フラットプレーンクランクのせいか、V8といってものんびりと回る米国製とはまるで異なり、元気な4気筒エンジンが2基回っているような音がする。ウッと声が漏れるほど重いクラッチを踏み、硬いギアレバーを手前に引いて1速に入れる。本物のレーシングカーのようにすぐストールしてしまうと考えるかもしれないが、実際はそんなことはない。

ごく普通にクラッチをつなぎながらわずかにスロットルを踏めば、425lb-f(t 576Nm)のトルクは軽いF40をするりと押し出してくれる。



混雑したジュネーヴ中心部をのろのろと抜けて行く間もF40は扱いやすく、ほとんどの場合、静かで従順だ。クラッチとギアシフトはどちらも重く、扱いやすくはないが、ステアリングはシャープで腰を中心に向きを変える。トリムなしの室内はまるでレーシングカーだ。エンジンやサスペンションからのノイズだけでなく、路面から跳ね上がった砂がフロアタブにぶつかる音が盛大だ。タイヤノイズは山道を目指してハイウェイに乗ると、はっきりと大きくなった。

先行するカメラカーの合図を見て、シフトダウンしてスロットルペダルを踏んだ。F40のエンジンは4000rpmまでは段階的に上昇していくが、そこから先は世界が変わる。5000rpmになったと思ったら、次の瞬間には7750rpmのレブリミットに達している。ツインターボV8は5000rpmを境に変身するのである。

次のギアにシフトするためにスロットルを戻した時、右後ろからプシューッという爆発的な音が聞こえた。それはあまりにも強烈で、レース用シートベルトを締めていなければ飛び上がってしまっただろう。最初はエンジンルームの中の何かが吹き飛んだかと思ったが、懸命に気持ちを落ち着かせてターボのポップオフバルブに違いないと思い至った。

フェラーリは震え上がるほど速い。自分の頭の反応速度をフェラーリの要求に合わせて引き上げる必要がある。回せば回すほど、反抗的なギアシフトへの集中力が要るし、スピードが増すほど視界は狭まり一瞬で飛び去って行く。普通のヒストリックカーに比べればF40はコンピューターゲームのようだ。それも激しく喧しいゲームである。

ハイウェイを下りて山道に入るとF40はさらに溌剌としてくる。ただしブレーキはちょっと要注意、かなり踏力が必要なうえに踏み応えも心許ないからだ。また狭くツイスティーな山道ではターボの作動にも注意しなければならない。コーナーの進入ではなく、脱出時にブーストがかかるようにする必要がある。実に重労働だが、とんでもなく楽しい車である。

ひと言で言えばF40は巨大な"ゴーカート"である。フェラーリ特有の神経質さとともに、緊密な一体感と恐るべきレスポンスを備えている。ギアボックスだけでなくスロットルペダルもゆっくり走ると扱い難い。半分以上踏み込むと滑らかになるのだが、ただしそこは別世界への入口である。

峠の上でフェラーリから這い出てみると、私は汗ばみ、わずかに震えていた。何という車だろう。F40は80年代のスーパーカーだが、60年代のクラシックカーのようにも感じる。もちろんはるかに速く効率的だが、パワーアシストやサーボ、ラバーブッシュ、吸音材、サスペンション・コンプライアンスなどで損なわれていない純粋な感触に溢れているのである。

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Robert Coucher 

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