改造クラシックカーの域を超えた実力をサーキットで試す!

Photography:Paul Harmer

DB4のライトウェイト・レーシングバージョンはアストンマーティン自身が製作したものではない。だが、これはもはや実質的に"オフィシャル" なレース仕様と言ってもいい。単なる改造クラシックカーを超えたその実力をサーキットで試してみた。

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およそ30年前に初めて姿を現したDB4 "ライトウェイト" は、アストンマーティンの中でも最も迫力あるコンペティションカーである。飛び抜けたパワー・ウェイト・レシオと、磨き上げられたシャシーによる優れたロードホールディングは、もちろん1958年当時の市販モデルとはまったく別次元のものである。

ライトウェイトDB4は、アストンマーティンの専門家だったリチャード・ウィリアムのアイディアだ。長らくアストンマーティン・オーナーズクラブ(AMOC)の会長を務めたダウン子爵のために、クラブ内のサラブレッド・スポーツカー・チャンピオンシップを制することを目的として1982年に初めて製作された。

その狙いは見事に当たり、ベテラン・ドライバーのマイク・
サーモンの手によって1982年から85年まで文字通りクラブ・レースを席巻した。その後イアン・メイソンやアストン・エンジニアリング、ゴールドスミス&ヤング、そしてマーシュ・プラント・ハイアなどのアストンマーティンのスペシャリストやレースファクトリーがこれに追随した。デイヴィド・プリースやジョン・ゴーテ、デイヴィド・ヘインズ、ジェリー・マーシャル、トニー・ドロンといったドライバーが操るライトウェイト・アストンは驚くほど速く、迫力ある接戦をお互いに繰り広げて見せた。

時が経つにつれ、エンジン排気量とパワーが増し、そしてトータルの台数も増えていった。ひとつには、もっと希少なDB4GTとGTザガートの価格が高騰したことも理由だろう。こうした"ライトウェイト" のほとんどはひどく壊れた車、あるいはシャシーから作り直さなければならないDB4から生まれたものだが、それらは今もAMOCのレースシリーズのみならず、ヘリティッジ・グランドツーリングカー・チャレンジや、マスターズ・シリーズ・ツーリング70sなど他のヒストリックイベントにも出場し、レースを盛り上げている。現在は同じようにコンバートされた3台のDB5とDB6、DB4GTザガート・レプリカを含めて23台のライトウェイト仕様が存在し、そのうちの21台は今なおAMOCの改造DB4-DBS/ヴァンテージ・クラスに登録されている。



DB4ライトウェイトが特別なステイタスを持つのは、市販モデルの最後のシリーズ5(やがてDB5にモデルチェンジする)に続く" DB4シリーズ6 " としてAMOCレジスターにクラス分けされ、 認められている点にある。アストンマーティンの聖典ともいえるAMOCレジスターは以下のように宣言している。

「これらの車は、6気筒エンジンの開発が続けられた場合に、DB4が進化したであろう姿を表現している」という。確かに、アストンマーティンが1963年にレースから撤退しなければ、そして開発が継続されていれば、DB4は、DB4GT/DB4GTザガートと同様に国際レース用にホモロゲートされ、現代のFIAイベントへの出場資格を得られたかもしれない。

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Paul Chudecki 

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