憧れのヒロインを所有する│虜にされた車と久しぶりの再会

Photography:Matthew Howell


 
そんなエリックだが、新しいアストンマーティン車には興味
ないのだろうか?
「DB9もDBSも試乗はさせてもらいましたし、とても速い車でした。でも、私が求めているのは速さや煌びやかさではなく、30年前に憧れていた気持ちを満たしてくれる車なんです。そういう意味ではノスタルジーに浸りたいんでしょうね」
 
AM V8のようなかつてのスーパースポーツカーはパワフルだ
が、最近の車のように走行安定性を保つデバイスは皆無。速く走らせるためには、ドライバーと車の"対話"が欠かせない。最近の車はある程度"荒く"運転しても、電子制御デバイスがなんとかしてくれる。安全との引き換えに運転する醍醐味、興奮が若干、軽減されてしまうともエリックは語っていた。キーを受け取り、筆者が試乗する番となった。
 
シートに座り込んでまず感じるのが、スポーツカーの割に比
較的座面が高く視野が広いことだ。シートは肉厚で昨今のスポーツカーとはまったく違うことも、この当時のアストンマーティンとしての差別化だったのだろう。太いステアリングは思いのほか小ぶりで、その奥には若干非現実的な200マイル(320km/h)まで刻まれたスピードメーターと7000rpmまで回ることを示すタコメーターがある。この車を知らない車好きが窓越しにのぞきこんだら、十分な威圧効果を発揮するに違いない。


 
アクセレーターペダルは重めで「暴力的に加速する」という
よりも安定的に加速していく雰囲気だ。昨今のスポーツカーと比較すれば決して速いとは言えないが、5.3リッターV8エンジンが空気をたんまり吸い込みながらグイグイ加速していく様には独特な味わいがある。ちょっと気になるのはブレーキのタッチで、かなり踏み込まないとガッシリとした制動力が得られないように感じる。ただ、これは筆者が最近の車に慣れ過ぎていることも原因かもしれない。乗り心地は笑みをもたらすほど快適だ。進入スピードに注意を払いながらコーナーを駆け抜けると、ヘビーウェイトだからこその独特ないなし方に笑みがこぼれる。

高速度域はフラットライドで、まるで高級セダンのようでもある。
良くも悪くも最近は均一化されつつある乗り味に対して、この頃はアストンマーティンの唯我独尊ぶりがにじみ出ている。
 
ステアリングはパワーアシスト付きだが重めで、手首ではな
く肩を使う。だが、それは重すぎるのではなく、ダイレクトで路面のインフォメーションも繊細に伝えてくれ気持ちが良い。乗れば乗るほど、このAM V8の虜になっていくのが分かる。

ブレーキのタッチも気にならなくなったし、アクセレーターペ
ダルの踏み込み量にも慣れていった。ゆっくり走っても気持ちが良いのは、一新された足回りとタイヤ(現代のミシュラン・パイロットスポーツ)のおかげか…、筆者もエリック同様、ノスタルジーに浸れるからかもしれない。3速しかないATだが、最高速トライアルをするわけでもなくエンジンの快音は心地良い。
 
本誌でわざわざ、このようなことを書くのもなんだが、昔の
車をフルレストア(エリックの場合は自分好みに改良も加え)しながら、図る差別化は楽しいことだと改めて認識した。最新モデルの高性能さを追い求めるのではなく、"あの頃"の憧れと今を共に過ごす時間はたまらない。例えるなら思春期に憧れたヒロインと、大人になってからデートするようなものだろう。いつまでも一緒に居たい(運転していたい)という思いに駆られる。

しかもフルレストアされていれば、かつてのスーパーGTカー
は今でもGTカーとして現役ぶりを発揮する。これからどんな場所へ憧れのヒロインとエリックが出かけるのか、どんな思い出を作っていくのか、想像するだけで羨ましさを覚える。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(carkingdom) Words:Peter Tomalin 

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