プリンス自動車のインサイドストーリー 第8回│プリンスと創造性

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ここで、プリンスによる日本初や世界初を少しばかり挙げてみよう。これらは現在検証中のものも含まれているので、あくまでも参考情報である。

とりあえず古い順から。昨今では、ほぼあたりまえになっているコンビスイッチ。ウィンカーレバーでワイパーやライトのオン/オフなどを操作するスイッチを、プリンスでは1950年代から採用している。採用車種はプリンスとして最初のガソリン車:プリンス・セダンである。後のGC10型スカイラインにコンビスイッチの設定がないのは、その信頼性の低さに辟易した桜井真一郎さんが、断固として採用を断ったからである。
 
プリンス・セダンでコンビスイッチを採用したことは、も
ちろん日本初、世界的にもかなり早い適用だと考えられる。プリンス・セダンではコンビスイッチと併せて、フラッシャーも採用している。当時はまだ右左折を示すためのウィンカーそのものが、まだ、あまり普及していなかった。
 
文句なしの世界初もある。
現在では装備されていないクルマを探す方が難しい無反射メーター。これを最初に採用したのはS50系スカイラインで、世界初である。

プリンスの特徴は、初モノに拘泥するあまり実用性まで考えの至らない採用ではなく、後々のスタンダードになるような創造を行なっている点にある。まさに、先鞭をつける、という表現がしっくりくる真の先駆者としてのプリンスを、如実に表わしている。

もう少し例をみてみよう。ここのところハッチバックやワンボックスの数が多くなり影が薄い気もするのだが、トランクオープナー。これもプリンスの発明である可能性が高い。ゴルフ好きな開発スタッフがクルマを出して仲間の待つ場所へ。いざゴルフバッグを搭載する段になると、トランクをあけるためにわざわざ一旦エンジンを切ってクルマから降りなくてはならない。それを面倒に感じていたので運転席から操作できるトランクオープナーを思いついた、とのこと。実現にあたってはワイヤーの取り回しにことのほか苦労したらしい。
 
メインテナンスフリーの概念を日本に導入したのもプリ
ンスが早かった。1957年の時点で、当時はグリスアップが常識だった足回りを無給油とし、加えて1963年にはエンジンまでも封印の語を象徴的に用いてメインテナンスフリー化に取り組んでいる。
 
日産に吸収合併されてからも、このようなプリンス魂は
連綿と伝えられ、たとえば電動格納式ドアミラーもプリンスの流れを汲む荻窪から生まれている。発表当初は、特に欧州のメーカーから嘲笑の対象にすらなっていた電動格納式ミラーだったが、現在では、かつて嘲笑っていたメーカーも含め、広く世界的に採用されている。駐車している欧州車のドアミラーが、不思議なカタチに折れ曲がっているのをみるたび、わたしは荻窪で開発にあたっていた仲間のことを思い出すのである。
 
そもそも創造とはどのようなことを指すのだろう。ここで、
創造の定義について考えてみたい。創作とは記憶である。これは映画界の巨人黒沢明監督による定義。世の中には、創造が無垢で何もない頭脳からも生まれるものだ、との考えもあるだろう。少なくとも工業製品に関する限り、それは大きな誤解といわざるを得ない。言葉というツールや記憶という源泉のないところに創造は生じえない。この事実からも、創造が知識や経験の上に成り立つものであることが知れる。
 
創造した瞬間の脳の動きについて、脳科学者の茂木
健一郎氏が、何かを思い出したときの脳と、創造した際の脳の動きは似ている、と語っているのを聞いたことがある。遠い記憶のかなたにある、たとえば小学生時代の自室のレイアウトがどうだったか考えてみる。ふと、思い出した瞬間の脳の動き、これが何かを創造した時の脳の動きに似ているのだそうだ。
 
上記を踏まえ、わたしは講義等で創造の定義を次の
ように話している。創造とは命題の下に行なわれる知識と思考の融合である。
 
工業製品に話を限れば、命題が重要な要素となる。
茂木先生の例でいえば、小学校時代の自室レイアウトを思い出す、がその命題にあたる。
 
工業製品における命題は多岐にわたっている。レシ
プロエンジンならば、燃焼効率を上げたい、出力を大きくしたい、等々。更に、メーターを見やすくしたい、ライトをつけたり消したりする操作を楽にしたい、いくらでも命題はある。DOHCやマルチバルブが生まれ、ならば市販車にも適用しようと思いついたり、メーターのガラスに角度をつければ反射で見難くなることはないだろう、とひらめいたり、すべては先人たちが命題に真摯に取り組んできた成果だといえるだろう。
 

文:板谷熊太郎(Kumataro ITAYA)

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