プリンス自動車のインサイドストーリー 第8回│プリンスと創造性

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プリンスは元々が航空機メーカーである。しかも戦闘機をつくっていた。兵器を礼賛するつもりは毛頭ないが、戦闘機を設計する現場がどのようなものか、少し考えてみていただきたい。相手と同じことをするだけでは戦闘力のあるものはつくれない。他の追随を許さないものを考え出す必要に駆られる。かくして創造と工夫は戦闘機の開発現場における基本動作となっていく。

プリンスの前身のひとつ、立川飛行機のエピソードをい
くつか紹介しよう。

第二次大戦も末期に近い1945年2月、中国の漢口に米軍機が誤って着陸してしまった。そのP-47サンダーボルトは日本軍に捕獲されたのだが、立川飛行機は調査の為、即座に技師を中国の漢口に派遣している。1945年の2月といえば、翌月の東京大空襲からもわかるように、日本の制空権はほとんど失われていた。にもかかわらず、危険を冒してまで調査を断行したのである。 

これは戦闘機の設計現場に、ベンチマークとグローバ
ルスタンダードという概念がしみわたっていたこと、そして知識の収集活動こそが創造の源泉であると深く認識されていたこと、を示すエピソードだと思う。
 
立川飛行機は第二次大戦の盟友であったドイツの戦
闘機、フォッケウルフからも多くを学んでいる。ひとつはエンジン脱着の容易性について。フォッケウルフのエンジンは、脱着の際、様々なパイプ類を外すと弁の働きにより自動的に液が止まる仕組みになっていた。また、本来、位置決めの難しいエンジンのマウントにおいても、締結部を締めこむことにより自動的に位置が決まるよう設計されていた。しかも、締結部の数は少なく限定されている。これらの機構により、エンジン脱着の作業性は、立川飛行機などの国産機に較べて格段に優れていた。
 
もうひとつは機内の表示。戦闘機のコクピットには様々
な計器が並ぶのだが、パイロットはまず、計器の読み方に習熟する必要があった。具体的には、単に数値だけが記載されているメーターのどこまでが正常値で、どこからが異常値なのか、パイロットは熟知していなくてはならない。
 
ところがフォッケウルフは異なっていた。各メーターの異常値を示すゾーンが朱塗りされていて、訓練時間の
短いパイロットでも容易にメーターから正常と異常が読めるよう工夫されていた。
 
これらの事実は立川飛行機の流れをくむプリンスの設
計に活きていくことになる。戦後、プリンスが国産車として初となる無給油シャシ、いわゆるメインテナンスフリーを実現させ、同じく国産初のコンビスイッチや世界初となる無反射メーターなどユーザーにとって使い勝手の良い機構を採用していった背景には、このようなエピソードが隠されているのである。 



冒頭に長々と座間記念庫にルノーの商品本部長を案
内した話を述べた意味がおわかりいただけたと思う。ルノーは創造における知識の重要さを認識していた。後進を育てる意味でも、若い優秀な技術者を伴って、座間の記念庫に知識の収集にでかけたのであろう。温故知新を、今やわれわれは欧州に学ばなくてはならなくなっている。
 
ホイチョイプロダクションズの馬場康夫代表によれば、
シェークスピアが遺した戯曲37編のうち、オリジナルといえるものは「真夏の世の夢」「恋の骨折り損」「ウィンザーの陽気な女房たち」そして「テンペスト」の4本だけとのこと。他はギリシャやラテンの古典を範としたもので、いわば焼き直し。シェークスピアが誰だったのかはともかく、古典からの引用が事実だとしても、オリジナリティを付加したシェークスピアの評価に何ら影響はない。
 
馬場さんの話からの引用をもうひとつ。
手塚治虫さんはディズニーの信奉者のひとりで、20代のころバンビを80回以上も観て輪廻転生の話に感動、既にレオが王位につくところで脱稿していたジャングル大帝のラストをバンビに倣ってレオが死に、王位も新しい世代に受け継がれる輪廻転生の話に書きかえる。そのジャングル大帝が後のディズニー作品ライオンキングに引き継がれていくさまは、まさにサークルオブライフ、
輪廻転生である。
 
さて、ここからが本題。クルマの世界にも輪廻転生は
存在する。日産に合併されてからプリンスの技術陣が主体となって開発したプレーリー。ルノーはそのプレーリーに大いに触発され、プレーリーと全く同寸の社内試作車を仕立てている。それが後の初代エスパスとなって世に出されることになる。
 
日産のフィガロをみて、ルノーデザインがつくりだした
コンセプトカーがルノー・アルゴス。そのアルゴスとフィガロからヒントを得て生まれたのがアウディの初代TT。さらに、その初代TTが好きでたまらないデザイナーが描いたのが、Z33フェアレディのレンダリングである。
 
これらの事実は、創造の源となる記憶や知識にも、
輪廻転生があることを示しているのではなかろうか。

文:板谷熊太郎(Kumataro ITAYA)

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