自動車の歴史の中で最も尊敬に値するエンジン│ポルシェフラットシックス

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それでは、誕生から今日に至るまでの出力と排気量の変遷について見てみよう。出力でいえば最低値が911T2.0の110bhpで、最大値が約750bhpだ。これは極端に長い全長から"Moby Dick(白鯨)" と呼ばれた1978年のルマン・カー、935/78のもので、マッドな3.2リッターターボという特別な仕様であることは明記しておかねばならない。
 
1964年の2ℓ130bhpエンジンは、ポルシェの要求にしたがって専用に設計されたトリプルチョークのソレックス・キャブレター付きで発売された。エンジンルームが超過密の状態だったことから、そのキャブレターにはフロートチャンバーがなく、その代わりに常時燃料の供給とリターンを司るシステムがオーバーフローシステムとともに付いていた。しかしそれは激しくコーナリングすると、燃料が片寄ってしまうため使い物にならず、ほどなくしてウェバー40IDAに置き換えられた。
 
コーナーで咳き込むことがなくなり、圧縮比も9.8:1に上がったことから1966年の911Sは160bhpに上げられた。追加設定されたクーゲルフィッシャー製燃料噴射型ではさらに10bhpアップとなる。廉価仕様の911Tのキャブレターは1969年型でゼニス40TINに格下げされた。この年は全モデルのエンジン排気量が2195ccとなる。排気量でいえばクランクケースがアルミの鋳造からマグネシウム鋳造に変わったことが、その後2341㏄、2687㏄、1974年の260bhpターボに至っては2994㏄へとどんどん大きくなっていった理由である。

材質の変更はあとで問題となった。というのは、シリンダーバレルとヘッドはスタッドで固定されるが、スチール製スタッドより軽い金属でできたクランクケースだと膨張してそれらが引っ張られやすくなるからだ。やがてポルシェはスタッドに適した合金を見つけ出す。ディラバールと呼ばれるそれは膨張率も適度だったが、量産モデルのSCが3ℓエンジンとともに登場するとそのクランクケースはアルミに戻されたため使われることはなかった。
 
この期間、圧縮比は次第に下がっていった。主にアメリカ向けモデルに無鉛ガソリンへの対策が採られたためだが、おかげで7.5:1に下げられた911Tなどは歴代で最も弱々しい911になった。あのカレラ2.7RSでさえ8.5:1の圧縮比で210bhpがやっとだった。しかし名誉もある。ニカシル処理されたアルミのシリンダーの中をダイレクトに動くピストンを備えた最初のポルシェでもあった。これを契機にそれ以降のモデルはニカシル・シリンダー、あるいは鉄コーティング・ピストン+アルシル・シリンダーのどちらかが使われるようになる。
 
1981年、エンジンは常時噴射式のボッシュK-ジェトロニックを使用するようになり、圧縮比も初期の数値レベルに戻された結果、3リッターのSCは204bhpを得るに至ったが、今日のターボが300bhpであることを考えると大きく足りない。もうすこし圧縮比が上がり、デジタルエンジンマネージメントとシーケンシャル・インジェクションが備わる3164㏄ユニットでも231bhp止まり。これは1983年カレラの仕様だ。一方で空冷エンジンは最終的に3600㏄まで拡大、そのピーク出力はついに圧縮比11.3:1の一般的な911で272bhp、8.0:1の圧縮比で2基のターボを持つ911ターボで408bhpに達した。

そのあと登場した水冷の911はどの排気量であっても空冷より大きな数値を記録する。最初のM96 エンジンはボクスターに積まれ2.5リッターから204bhpを発生し、996の初期モデルでは3387㏄から300bhpを生んだ。2002年に排気量は3.6リッター(実際は3596㏄)にアップされ、出力は320bhpに。2005年にはカレラS用に再び拡大された3824㏄が登場、圧縮度合いからしてほとんど直噴ともいえる11.8:1の高圧縮比によって355bhpを発揮した。一方で水冷だが依然としてメッツガーの息がかかったターボは3600㏄から420bhpを絞り出していた。

2008年に登場する次世代のカレラSでは、直噴に加えてオーバースクエアなボアストロークを持ち、3800㏄ちょうどの排気量から385bhpを獲得した。今日の991はピタリ400bhpである。これは最初期の911からすると、2倍弱の排気量から3倍以上の出力を得ていることになる。しかし燃料消費に関してはわずかに向上している。ターボに目を向けると、997ターボの最終型はツインターボということもあって、そのパワーは約500bhpにも達するが、これは初期のターボのほぼ2倍となる。一方で今日のベーシックなカレラが350bhpというのもなかなかのものである。
 
最後にメッツガー由来の自然吸気エンジンでは最終のバージョンが載る2011 年の997GT3RS4.0について触れておこう。オリジナルエンジンの2倍の排気量であり、911のリアにオーバーハングする形で搭載されたエンジンとしては最大のものである。そのパワーはターボを使うことなく500bhpを絞り出し、それを発生する8250rpm時の音は野獣の遠吠えを思わせるという。圧縮比は12.4:1、新しいダイレクトインジェクションは特別に注意深く設定されたエンジンマネージメントのおかげで一般的なプレミアムガソリンでも走行が可能だ。
 
ポルシェのフラットシックスエンジンにはファミリーをつむぐ3本の糸があった。1本目の糸は大きな衝撃をもって生まれたオリジナルの空冷6気筒、2本目は非直噴のM96型、3本目が途方もなく頑強な直噴エンジンだ。思えば、オイルショックの対策に明け暮れた1970年代、フェリー・ポルシェは時代にそぐわなくなった911とフラットシックスエンジンに見切りをつけたかったに違いない。

しかし今
日に至るまで911が伝説的なクルマとして生き続け、われわれがそれを楽しめるのも、経営難だったあのとき、フェリー・ポルシェが破産宣告をせずに踏ん張ってくれたおかげである。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:John Simister

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