フェラーリ250GTOより貴重なアストンマーティン│ボンネットの下の秘密

Photography:Gus Gregory


 
私はゆっくりとコースを走り出した。試乗のために私たちはクローズドコースを用意していた。塗装だけでもどれほどの金額を要したかを私は知っていたし、ニコラス・ミーが艶やかなノーズやフェンダーに石跳ねの瑕をひとつもつけずに車を戻してほしいと切望していることも知っていたからである。
 
最初はごく慎重に走らせた。25年物のアイレー・モルトを開けていきなりがぶ飲みする人はいないだろう。これは大切に味わうべき貴重品なのだ。そのうえ、このような車は適切に暖まってこそ、最適なレスポンスが期待できる。水温だけでなく、ギアボックスオイルやダンパーも暖まって滑らかになり、さらにアイドリングでの油圧も落ち着いて潤滑系が仕事を始めたことを確認する必要がある。
 
初めは他のDB2/4と大きな違いはないように思えた。クロスプライのエイヴォン・ターボスピードを履いた乗り心地は硬く、場合によってはゴツゴツとしたショックを伝えることもあった。それを個性として歓迎する人もいれば、快適性を損なうとして敬遠する人もいるだろうが、それこそ正統派であることに疑いはない。ただし、そのぐらいのゆっくりしたペースでもギヤ比が低いことを意識しないわけにはいかなかった。DB4は140mph近くまで出るが、この車は、その実力のはるか手前でリミットを超えてしまいそうだった。オーバードライブギヤかレシオの高いファイナルギヤを装着しなければならないだろう。


 
もっともその低いギヤのおかげで少なくとも直線加速は勢いがある。パワフルだが荒々しいものではなく、その加速はこれまでに乗ったことのあるフェルサム・アストンとは別物だった。とりわけ中速域のレスポンスの違いが際立っていた。この車の実力を引き出すのにシフトダウンや他のテクニックは必要ない。発表されているスペックを信じるならば、マレックのエンジンは大排気量にもかかわらずベントレーのものよりも高度なチューンが施されていることになるが、このエンジンは2500rpmも回れば上機嫌になり、その先は4500rpmに至るまでパワーが淀みなくあふれ出てくる。もちろん4500rpmは私が自分に課した慎重に過ぎるレブリミットである。苦もなく、とはまさしくこの車のことである。
 
すべては若干の慣れを要するが、驚くべき性能に身構えるというほどではない。もちろん、50年代の水準からすれば素晴らしいものの、絶対的にはそれほど速いというわけではない。それはいわば考え方の問題である。私にとってフェルサム・アストンはピュアなスポーツカーであり、いっぽうこの3.7リッターエンジンを積むべく設計されたニューポート・パグネル製モデルは明らかにグランドツアラーと言うべきものだ。

そのフェルサム・アストンに簡単容易であることを求めるのが正しいかどうかに自信がないのである。もちろん、スポーティーであってほしいが、それはドライバーの努力を要するもの、あるいはドライバーが深く関わっているものであって欲しい。自らが入力したものと同じものが、あるいは少なくともそれに比例して出力されるのが望ましい。それはこれほどイージーな作業ではないはずではないか?

 
自分の中の一部はなおこだわっていたが、試乗していくうちにこのエンジンの増強されたトルクがいかにシャシーを活気づかせているかを感じるにつれ、失うものよりも得るものの方が多いことに納得せざるをえなかった。しかも、おそらくはノーズに積んだアルミブロックの軽量エンジンのおかげで、見事なバランスは失われていないのだ。
 
なるほどこの車は、戦後の小さなアストンと、はるかに有名なその子孫との間の興味深いブリッジなのである。実際に、この車そのものがフェルサムとニューポート・パグネル時代との間の"ミッシングリンク" なのかどうかは分からない。分かっているのは、この車が貴重な骨董品に過ぎないとしても、魅力的なアストンであることに疑いはなく、そして私にとってもこの不思議なアストンを知る機会を得たことが大変光栄で喜ばしい出来事だったということである。

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Andrew Frankel 

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