日本におけるフォルクスワーゲンのはじまり│1952年製ビートル

Photography:Gensho HAGA、YANASE & CO.LTD.、 Volkswagen Archives 

この濃紺に塗られた1952年製フォルクスワーゲンには、日本とフォルクスワーゲンを結び付けるという重要なヒストリーが刻まれている。

日本におけるフォルクスワーゲンの歴史は、ここにある濃紺の1台から始まった。1952年11月、販売促進活動のために、フォルクスワーゲンのハインリッヒ・ノルトホフ社長が来日、サンプルとして4台のフォルクスワーゲンを携えてきた。その内の1台がこの濃紺のタイプ1(後にビートルの愛称で呼ばれる)である。

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フォルクスワーゲン・タイプ1がフェルディナント・ポルシェ博士の設計であることはよく知られているが、ポルシェ博士を生みの親だとすれば、ノルトホフ社長は育ての親である。ノルトホフの存在がなければビートルが世界中であれほど成功(累計生産2150万台)することはなく、また、日本にビートル神話が根付くことはなかったかもしれない。
 
よく知られているように、フォルクスワーゲンが誕生した切っ掛けは、第二次大戦前の1933年に当時のドイツ帝国政権が立ち上げた"国民車構想"にあった。翌34年にフェルディナント・ポルシェ博士が率いる設計事務所に政府から設計依頼があり、35年にはプロトタイプ1号車が完成、36年には走行テストを終えた。1937年には国営企業として「ドイツ国民車準備有限会社」が設立され、翌38年には、現ウォルフスブルグ市のある荒野に当時としては世界で最も進んだ自動車工場の建設が始まった。だが、第二次大戦が始まると、完成した施設は軍需工場に転換され、国民のための乗用車が生産されることはなかった。

1945年に終戦を迎えると、フォルクスワーゲン工場は連合国軍の管理下に置かれることになった。ウォルフスブルグ工場を統治したイギリス軍は、欧州での絶対的な車不足を解消するためフォルクスワーゲンの生産再開を決定し、2万台の生産を命じた。こうして、戦前にはほとんど生産されることのなかったフォルクスワーゲン・タイプ1の本格ノルトホフ社長の置土産的な生産が始まった。


 
政権の後ろ盾を失った会社は改組され、独立した起業として再出発を果たすことになった。新会社の初代社長として招聘されたのが、オペル社で生産技術を専門とする役員で、同社の戦後復興に邁進していたハインリッヒ・ノルトホフであった。ノルトホフはオペルでの仕事に充実感を覚えていたが、英国占領軍に懇願(時には脅しまがいのこともあったという)され、「英国軍が仕事に干渉しないこと、全権を任せること」を条件として、1948年1月1日にフォルクスワーゲン社の社長に就任した。
 
ノルトホフは自ら陣頭に立ち、ネジ1本までメカニズムを点検吟味するほどの詳細な製品検討や、様々な過酷な条件を課した走行テストを実施。欠点や未熟な箇所を洗い出し、商品として熟成させた。この過程でノルトホフは、フォルクスワーゲンはオペルなど既存の小型大衆車とは異質ではあるが、小型大衆車としての基本設計に優れ、個性的で機能的な車であることを確信。個性と品質が大きな武器になるとして、それを販売戦略の背骨とした。
 
商品性に自信を持ったノルトホフ社長は、輸出によって会社の財政基盤を強固なものしようと考えた。それは同時に東西に分断され、灰燼の中から蘇らなければならなかった西ドイツの戦後復興にとって大きな力にもなることだった。ノルトホフ社長がまず目を向けたのは、旺盛な自動車需要を持つアメリカ市場だった。1949年1月にはアメリカで初めての正規輸入を開始すると、55年には現地法人を設立し、さらなる拡販に乗り出した。
 
まったく知名度がなく、一般的な自動車とはスタイルやメカニズムがまったく異なり、米国車より遙かに小さなフォルクスワーゲンだったが、自動車の広告宣伝としては最も成功した活動といわれる巧みな広告展開によって、優れた品質をアメリカ市場に浸透させ、やがて輸入車のベストセラーへと登りつめた。小型車市場の拡大を無視できなくなったアメリカの自動車会社は、競って小型車を市場に投入した。現在、アメリカには大きな小型車市場が存在するが、その発端はフォルクスワーゲン・ビートルなのである。

文:伊東和彦/Mobi-curators Labo.  Words:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 写真:芳賀元昌、株式会社ヤナセ、フォルクスワーゲンアーカイブス 

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