デレック・ベルがもっとも成功したポルシェ・レーシングカー 956を語る

Photography:Andy Morgan



ノルベルト・ジンガーによれば、956はツッフェンハウゼンのポルシェ・システムで設計され作り上げられた。燃費を改善するために2649㏄のフラットシックス・エンジンには1981年の936に使われたものより小さなターボが付き、レース時の設定で1.1バールと控えめな過給圧だったが、その出力は620bhpにもなった。956の目的は当初からル・マンで勝つことだったが、1982年はまずは開発の年と割り切られていた。デレック・ベルは最初のレースであるシルバーストン6時間を思い出してこう語った。

「誰もがグラウンドエフェクトのことを聞くんだが、私は詳しいことはわからないと答えるしかなかったよ。周回を重ねるたびにどんどん速くなっていくんだけれど、ほかのドライバーと交代のために止まらないといけないから、どれだけ速いんだかよくわからない。実際、ここでやったのは、5周走ってはピットインというシェイクダウンだからね。しかしこの車はそもそも驚異的な性能を持っているんだ。我々が最初のレースを5月のシルバーストンで走ったとき、ジャッキー(イクス)が1分15秒3のタイムを出してポールを獲った。グループ6のランチアに対して2秒の差を付けてだよ。

そしたらレース当日の朝、レーシング・ディレクターのピーター・フォークが私のところにやってきて、「君たちはレースに勝てそうもないんだよ」と言うんだ。いつもは自信満々で悠然としている人間の言葉とは思えないので、その理由を尋ねると、「燃費を測ったら最後まで燃料がもちそうにない」のだと。ジャッキーはそれまでのレースで燃料を節約する運転などしたことがないし、私も同じだ。そこで、イクスには最初の1時間を走らせ、バトンタッチしたあとの私に1分21秒台で走ってくれないか、さもないとガス欠する、と言うんだ。しかたがないので私はシルバーストンを5速でクルージングすることにしたよ。シフトダウンするのはシケインとベケッツくらいなもの。

そうしてなんとかポジションを維持したけれど、こういうのはレースをする側からすれば、もっともよくないやりかただと、私ははっきり言ってやった。今まで書かれたことはないけれど、ポルシェが燃費測定器をレースに使ったということは違反行為とみなされるかもしれなかったんだ。技術的に正しかったことはあとでわかったが、しかしあの時点では大きな過ちを冒したというしかない。FIAのレギュレーションでそれが違反行為であるかどうか、まだ決められていなかったので助かっただけなんだ。もっとも燃費向上は時代の要請ということもあり、追い風が吹いたことも味方した。今ではモーターレースから付随的に生み出された技術で一般のロードカーに有効利用された、ごく稀な例のひとつだよね。これによって燃費は20%も向上したのだからね。具体的にいえば、それまでの4mpg(約1.7㎞/リッター)が5mpg(約2.1㎞/リッター)に上がったということだよ」



レース序盤のミスと、信頼性に乏しいランチアがこの日は快調だったこともあって、956とイクス/ベルは2位で終えたデビュー戦だったが、このコンビはその年を含めて以後4年続けてル・マン24時間を完全制覇するとともに、世界のスポーツカーレーシングにおいて君臨することとなる。スピードの点でも信頼性の面でも、956は文句のない車だった。作られたのは、10台のワークスカーに加えてプライベートチームに販売された16台ほどの数しかない。アメリカのIMSAGTPチャンピオンシップもまた956が活躍した場所で、グループCとほぼ同じレギュレーションながら、安全のためにペダルボックスをより強固なものにすることが求められていた。その部分は956の数少ない弱点でもあったのだが、根本的な改善を図ろうとしたポルシェは956に代えてより進歩的な962を送り出した。

962はIMSAを席巻しただけでなく、ル・マンでも2勝を挙げ、ポルシェの不敗記録を6に延ばした。実質上962といってよい1994年のダウアー962を含めれば、962の勝利数は7になる。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:David Vivian 

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