アストン史上、最高傑作のひとつでイタリアを旅する1週間

Photography:Matthew Howell & Stephen Archer


 
スイス・フルカ峠に辿り着くなり、映画007シリーズの第三作目『ゴールドフィンガー』でジェームズ・ボンドが撃たれそうになった場面を探した。"あの時"のボンドカーはアストンマーティンDB5だったが、それでも周囲の人はヴォランテの姿にざわめいていた。美しさと力強さを与えるボディラインは見る者を魅了してならない。それでいて、ライバルのスーパーカーよりは"控えめ"だ。長距離移動の素晴らしき相棒としての能力を発揮してくれているし、オブジェとしても芸術品的価値を見いだすことができる。

まだ所々、雪が残りひんやりとした空気が漂うザンクトゴッタード峠を駆け抜けると、ヴァンキッシュSヴォランテのV12 サウンドがこだまする。スポーツモードをセレクトするとダンパーが引き締まり、コーナリング時の安定感が増す。コーナー進入時はブレーキングポイントを遅らせることができ、スロットル・オンを早められる。結果として、速いペースを維持できるのだ。トンネルに入ると、V12サウンドの豪快さとけたたましさを実感できる。快感、の一言に尽きる。


 
ゴッダードの頂上からは目指すコモ湖への道のりは、標高差6000フィートの下り坂。これはヨーロッパでも最長の下り坂だ。カーボンセラミック・ブレーキはまったくフェードの兆しが見られず、どんな場面でも強い制動力を発揮。コモ湖畔のホテルにチェックインした際、トリップメーターは1140マイルを示していた。1140マイルといえばどんな車であろうとも、ロングドライブと呼べよう。ましてや、スポーツカーでこの距離を走りながら、まったく疲れ知らずだったことは特筆すべきポイントだと言える。
 
迎えた3日目、金曜日はベラッジオ半島周辺での撮影に追われた。湖畔の周辺を走っているだけでも、道行く人々の視線を感じた。その注目度たるや、まるで自分がスターになったかのようですらある。夜にはRMサザビーズのオークションに参加したが、会場のV IP 駐車場にも予約なしですんなり案内された。会場の案内係からすれば、当然の対応だったのだろう。厭味に聞こえるかもしれないが、ヴァンキッシュSヴォランテは"そんな"車なのである。クラシック・フェラーリやランボルギーニが次々に競り落とされていくなか、これらの車で長距離ドライブをしたならと思いを馳せた。思いを馳せたものの、ヴァンキッシュSヴォランテほど快適かつスピーディに移動できたとは考えられない。

日曜日、30℃という暑さから逃れるように帰路についた。途中、映画『イタリアン・ジョブ』で有名なアオスタ渓谷で車両の撮影をした。あの時はアストンマーティンDB4コンバーチブルだったが、ヴァンキッシュSヴォランテを眺めると50 年という歳月がもたらす革新に感嘆せざるを得ない。ヨーロッパ横断はいつしか飛行機が主流となった。しかし、ヴァンキッシュSヴォランテを運転して思ったのは、「やはり車の移動は楽しい」というまるで少年が抱くような思いだ。映画に登場したシーンに立ち寄ることができたり、自分の力量が許す限りのペースで走ったり、街中で周囲の視線を感じたり。とにかく、ロングドライブの醍醐味を改めて教えてくれるものだった。
 
現在、自動車のエンジンは高効率化が進み、自然吸気エンジンには逆風が吹いている。特に大排気量・多気筒エンジンは絶滅危惧種となりつつある。もし、自然吸気のV12モデルが今後、投入されないとなれば、ヴァンキッシュSヴォランテはアストン史上、最高傑作のひとつとして記憶されるだろう。

編集翻訳:古賀 貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(carkingdom) Words:Stephen Archer 

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