「これは単に最も愛らしく、最も軽く、そして最も運転の楽な車なんだ」

Photography:Ian McLaren

1958年、356カブリオレDを購入しようと南アフリカのポルシェディーラーを訪れた顧客は販売を拒否された。半世紀後、ケープタウン生まれのロバート・コウチャーは時代の変革を実感することになった。

南アフリカ共和国が立法府を置くケープタウンは、芸術的で開放感のあるトレンディな街だ。ヨハネスブルグが南アフリカのシカゴとするなら、ケープタウンはさしずめ南アフリカのシドニーといえる。事実、私が「我が家」と呼んでいるこの街はたいへん美しくスタイリッシュなので、たくさんのツバメ達(夏だけやってくる旅行者たち)がここに長く留まりたくなるのも当然だ。

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2014年のケープタウンは、産業デザイン社会国際会議の世界デザイン首都(WDC)となる。そこでバウハウスにインスピレーションを得たポルシェ356でこの街をドライブし、460カ所におよぶ関連のデザインイベントに参加することはたいへんに意義あることだ。これに使用する車は、1331台が製造され約600 台が現存する、初期の1958年型ポルシェ356カブリオレDだ。
 
南アフリカはアパルトヘイトの時代に炎熱の時を過ごしたが、1990年のネルソン・マンデラ氏の釈放とともに人種隔離政策に終止符を打ち、「虹の国」は大きな一歩を踏み出した。そうしてこの小さなポルシェも時代の変革に巻き込まれながらこの国にやって来た。

1958年、ラムジー・ナソーという人物が地元のポルシェディーラーで356を購入しようとした。ナソーはヨハネスブルグのインド人コミュニティの重要なメンバーであり、エンスージアストでもあったが、あろうことか彼はインド人だという理由で販売を拒否された。
 
そこでナソー氏はドイツのポルシェ本社にコンタクトし、無事このスタイリッシュなカブリオレDを手に入れた。彼はシュツットガルトまで車を引き取りに出かけ、そこで356の6Vバッテリーに対応するやかん444やトースターを含むたくさんの特製装備品をオーダーした。その後、彼はこれらの特注品を積み込んだ小さなポルシェでコンチネンタルツアーに出発した。実際それは大志に満ちた大陸横断旅行だった。ドイツをスタートした彼はヨーロッパを縦断、ピラミッド見物のためエジプトへ向かった後、イランを通過し、海抜1万700mのカイバル峠を超えてインドに到着した。想像できるだろうか。

現代のモータリング・エンスージアストなら、まずは性能の充実した4駆のポルシェ・カイエンあたりを選ぶようなルートを、たった60馬力のオープンカーでやってのけたのだ。
 
想像されたとおり、356は悪路ばかりのルートでパンクに悩まされ続け、困難な旅を終えた。ポルシェをダーバンの港に送り返すため船積みするまで、ナソー氏がトーストと紅茶を楽しんだであろうことは想像に難くない。そして到着港からはヨハネスブルグの高地ハイヴェルドにある彼の家まで自走した。現地のポルシェインポーターは彼の356のメンテナンスさえも拒否したので、その後10年の所有期間中、ずっと好意的だったフォルクスワーゲンの整備工場に修理を任せることになる。
 
ポルシェの名を冠した最初の車であることからポルシェNo.1とも呼ばれるポルシェ356は、当時戦火を逃れて疎開していたオーストリアのグミュントで生まれ、1948年6月8日、フェルディナンド・ポルシェ博士の息子フェリー・ポルシェによってこの街で登録された。曲面豊かなで簡潔なアルミニウム製ボディはフォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)から911までのボディデザインを手がけたエルヴィン・コメンダの手になり、1940年にフォルクスワーゲンをベースとして開発され、やはりコメンダがボディを手がけたレーシングクーペ・ポルシェ64を祖としている。



また、エンジンやサスペンションなどメカニズムの大部分はフォルクスワーゲンをベースとしていた。1951年、これら軽量な純スポーツカーが成功の兆しを見せると、ポルシェはその製造設備を356が生まれたグミュントから、終戦からそれまで連合軍に接収されていたドイツ、シュトゥットガルト北部のツッフェンハウゼンに移した。この移設に先立つ1949年には、356のボディはプロトタイプから続いたアルミからスティール製に変更されている。

 
356は発展し続け1955年9月にはフロントウィンドーシールドに曲面ガラスを採用するなど、外観的にも比較的大きな改良を受けた1582㏄の356Aがフランクフルト・モーターショーで発表となった。これが本稿のカブリオレDのベースである。
 

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Robert Coucher 

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