エンジンの息吹を高らかに歌い上げるフェラーリの真髄

ほとんどのフェラーリは、何らかの形のV型エンジンを搭載している。フラット12と呼ばれる水平対向12気筒エンジンですら、実はバンク角180°のV型エンジンだ。長いフェラーリの歴史の中では、時に直列4気筒や6気筒も使われ、実験的に直列2気筒が造られたこともある。また、1950年代には大容量の4気筒エンジンを搭載したレーシングカーがまずまずの成功を収めた。だが、フェラーリといえばやはりV型エンジンだろう。
 
なかでも最も有名で典型的なのがV12だ。最初のフェラーリである125SもV12であり、エンツォ自身が最も愛した構成でもある。1980年代半ばに出版された会社の技術革新を振り返る本の中で、エンツォは、全員の反対を押し切って12気筒にこだわったことや、他の構成を試す中でも12気筒が生き残ってきたことに触れ、V12が「今でも最も好きだ」と綴っている。
 
この最初のエンジンから、フェラーリで最も有名なV12の系譜、ジョアッキーノ・コロンボ設計のエンジンが誕生した。1.5リッターで始まった排気量は3.3リッターまで増え、さらに後期にはエンジンブロックを拡大して4.9リッターにまで拡大された。250、275、330 など、有名なクラシック・フェラーリは、みなコロンボV12を搭載している。1967年にDOHCとなり、1989年まで連綿と使用され続けた。その後、V12はいったん途切れるが、3年後に華々しく復活する。面白いことに、新たなV12 エンジンは、まったく別の系譜であるV6ファミリーに負うところが大きかった。この点についてはあとで触れる。
 
V型エンジンで重要な要素となるのがバンク角だ。コロンボエンジンでは左右のバンクが60°の角度を成している。これは、回転運動と往復運動で生じる力を完璧に釣り合わせることができるためで、V12とV6では60°が典型的なバンク角だ。フェラーリV12の第2の系譜、アウレリオ・ランプレディ設計の大容量ユニットもバンク角は60°で、1959年まで使われた。

一方、その少し前に新たなV型ファミリーが誕生していた。1956 年に発表され、1957年からレース用に開発が始まったディーノV6エンジンだ。エンツォの息子で病気療養中だった"ディーノ"ことアルフレードが発案し、ヴィットーリオ・ヤーノが開発を指揮。実際に設計にあたったのは、フランコ・ロッキと弟子のアンドレア・フラスケッティだった。
 
ディーノV6は、F2 用エンジンとして1.5リッターで誕生し、65°のバンク角を持っていた。65°というのは据わりの悪い数字だが、これには実用的な理由があった。バンク間にフリーフローの吸気系を収めるスペースが生まれ、低重心化が可能となるからだ。等間隔燃焼を得るため、クランクピンは5°ずらして配置された。こうして、バランスや運動効率をほとんど犠牲にすることなく、パワーアップと高回転域での性能向上に成功したのである。
 
1958年には、2.4リッターに拡大したディーノV6 でマイク・ホーソーンがF1チャンピオンに輝いた。また、1960年にお膝元のモンツァで挙げたフロントエンジン最後のF1 での勝利も、このV6 でつかんだ。その後も他のバージョンが様々なレーシングカーに搭載されて徐々に進化を遂げ、最終的にロッキが手を加えてロードカーバージョンを完成させた。これには二つの狙いがあった。ひとつは、F2のルール変更でエンジンを市販車ベースにする必要が生じたから。もうひとつは、フィアットとフェラーリで新たな"ディーノ"ブランドを立ち上げる計画があったからだ。その車にこのエキゾチックな4 カムのV6をフィアットで製造して搭載したのである。
 
バンク角65 °の利点は、この頃までに充分立証されていた。そこで、1992年に久々にロードカーに搭載されたV12 エンジンでは、バンク角が65°となったのである。456に搭載されたこの新しい5.5リッターV12は、550、575、612でも使われ、5.75 リッターまで拡大された。2002 年にスーパーカーのエンツォが登場すると、まったく新しい6.0 リッターのV12 エンジンが搭載されたが、バンク角は引き続き65°だった。これを量産仕様にしたエンジンは、575の後継である2006年の599に搭載された。さらにその子孫は、いまや700bhp を超える出力を得て、フェラーリの現行モデルで使われている。

Words: John Simister

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