「史上最も優勝したフェラーリ」と呼ばれた美しきマシンが持つ魔力とは

Photography: Evan Klein



フェラーリは最終的にあるオランダ人の手に渡った。この人物はレース資金を大々的な麻薬の密売で稼いでいた。オーナーが逮捕されると、車は押収され、2001 年にデンハーグで入札価格を公開しない方式でオークションに掛けられた。その頃マイヤーは、既に10 年以上に渡って探し求めていた。オークションの3 日前にTRC が出品されることを聞きつけたマイヤーは、大急ぎで融資を取りつけ、ついに念願の車を手に入れたのである。
 
ピーターセン自動車博物館の設立理事でもあるマイヤーは、実に幅広いコレクションの持ち主だ。1979 年のル・マンで総合優勝したポルシェ935 K3に、GT1クラスウィナーのコルベットC 6 . R、ホットロッドの祖ドーン・スペンサーのハイボーイや、ソーカル・スピードショップのベリータンク、メルセデス・ベンツ300SLガルウィングに、マーフィー・ボディのデューゼンバーグ…といった具合だ。にもかかわらず、自分はコレクターではないとマイヤーは主張する。「私はエンスージアストだよ。自分にとって意味のある車しか買わないんだ」


 
マイヤーはTRCのすべてに惚れ込んでいる。そのルックスやサウンド、ホットロッドである点や華々しい戦績はもちろんだが、ヒストリーも魅力のひとつだという。マイヤーはこの車がレースで走る姿を自分の目で見ていたのだ。その上、初めての新車、ポルシェ356クーペを買った相手がフォン・ノイマンであり、その後、別のポルシェをジッパーからも購入していた。また、コブラにも思い入れがあり(市販バージョンの1台目、CSX2001を所有している)、ケン・マイルズはヒーローだった。「私にとって、あらゆる条件が揃った車なんだ」とマイヤーは話す。 

入手したときもV12 エンジンを搭載していたが、ギンサーが載せたものではなかった。そんなとき、マイヤーは偶然にオリジナルのエンジンを発見する。シリアルナンバー0750は、アメリカの元レーシングドライバー、ピート・ラブリーが所有していたのだ。ただし、その購入費用は車の半額近くに上った。こうして、南カリフォルニアのベックマン・メタルワークスでボディのレストアを済ませると、車とオリジナルのエンジンが、北カリフォルニアのフィル・ライリー&カンパニーに送られた。
 
偶然にも、ライリーは店を構えたばかりの頃に、フォン・ノイマンのもう1 台のTRCをレストアしていた。さらに、ライリーと、今回のプロジェクトを監督したアイヴァン・ザレンバは、クラブレースで何度かこの車と対戦したことがあった。当時はシボレーV8 エンジンを搭載していたという。それだけに、0672のレストアを任されたときは興奮を覚えたとザレンバは話す。「ブルースは全権委任してくれた」というから、なおさら腕が鳴ったことだろう。 

数台の例外を除いて、マイヤーは所有する車を公道で走らせるのが好きだ。そこでザレンバはレストアの過程でいくつか変更を施した。たとえば、スプリングとダンパーをモディファイし、ファイナルギア比を上げた。また、排気マニフォールドのルートを変えて、足元がボイラーのように熱くなるのを防いだ。しかし、あとはおおむね1959 年シーズンの仕様に戻っている。
 
レストアが完成して以来、マイヤーは既に数千マイルを走行した。官能的なフェンダーのラインが、細く引き締まったボディ中央部を包み込む実にエレガントなプロポーションだが、この車はグランドツアラーではなく、あくまでもレーシングカーだ。そのため、コクピットは狭く、ステアリングも比較的重い。

ギアシフトはポルシェ・シンクロ付きとはいえ、なお渋いし、ドラムブレーキにはドラムブレーキなりの性能しかない。古風なチューブラーフレームだから、乗り心地もアンティークだ。しかし、ひとたびツインカムのコロンボV12を7000rpm にまで解き放てば、オペラさながらのサウンドが4 本のエグゾーストから迸り、すべての欠点を忘れさせる。
 
マイヤーは、以前所有していたジャガーDタイプを引き合いに出した。ディスクブレーキとモノコックボディのDタイプのほうが、洗練された落ち着いた挙動でドライブしやすい。XK エンジンも充分パワフルだし、マルコム・セイヤーによるしなやかなラインは現代人から見ても魅力的だ。だが、フォン・ノイマンのホットロッド・フェラーリは、その外観とドラマチックなサウンドでDタイプを大きく凌ぐとマイヤーは断言する。

これまでにマイヤーが手放した車は2 台しかない。その1台がDタイプなのは偶然ではないだろう。もう1 台はポルシェ356スピードスターで、これは元のオーナー、スティーブ・マックイーンに返したのである。「Dタイプも素晴らしかったよ」と言うと、マイヤーは子どものような笑顔でこう続けた。

「 でも、このフェラーリには魔力があるのさ」

Words: Preston Lerner

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