2万3000ccの航空機用エンジンを搭載した怪物マシンでサハラ砂漠を旅した?!

octane UK

ズボロウスキー家の富と名声は、彼を1920年代における自動車レースの最高峰へと導いたが、それ以外は何も受け継がない方がよほど幸せだったのかもしれない。

時間を戻せるならば、もっと素晴らしい人生にも出来たはずである。
 
ルイは、実際のところ「一応ポーランド人」であった。彼の一族はすでに1800年代半ばには大西洋の両岸で上流階級の仲間入りを果たしていた。そこで、彼の曽祖父は、かなり遠い祖先に名誉称号を授与された者がいることを探し出し、それにあやかって名字を改めたらしい。それ以降、この貴族名称を預かるという慣習は代々受け継がれていった。「ズボロウスキー伯爵」という名も、彼自身が自らの意思で定めたものであるのだ。
 
世の中に作り話はたくさんあるが、ルイ伯爵が巨万の富を持っていたのは事実だ。彼は1911年に母親を亡くした。すでに父親は死去しており、彼は16歳にして父親の財産と母親の個人資産を相続したのである。米国初の億万長者となったジョン・ジェイコブ・アスターの子孫であった母親の資産は、間違っても「わずか」とは言えないものであった。ルイはこれにより「21歳未満における世界4番目の富豪」になったのである。
 
エリオット伯爵として知られた父親が他界したのは、ルイがまだ8歳のときのことだ。エリオット伯爵は乗馬に夢中だった。その入れ込み具合は、馬との時間に没頭するための土地を、わざわざ英国に購入したほどであった。さらに自動車レースの愛好家でもあったエリオット伯爵は、一流のメルセデスチームを編成し、1903年にはゴードン・ベネット・カップへの参戦も噂された。
 
ズボロウスキー家の男性の伝統とされた、レースへの尽きることのない興味。しかし残念なことに、それが高じてエリオットの死亡記事がニューヨーク・タイムズ紙を大きく飾ってしまう。エリオットはラテュルビーで開催されたヒルクライムに参戦。走行中に山腹に真っ直ぐに突っ込み、命を落とした。原因は不明だが、華美なゴールドのカフスボタンが引っかかってメルセデスの手動スロットルが開いてしまったからだと言われていた。
 
1895年にロンドンに生まれ、幼い頃から放任されて育ったルイは、懸命に周囲の期待に応えようとしてきた。彼の豪華な自宅では頻繁にパーティーが催され、そこでは皆が喜ぶからという理由だけで、奇妙な建築物をダイナマイトで爆破するという演出がよく行われたらしい。
 
彼の贅沢のなかでも最も有名なのは、それはチキチキバンバンである。英語では「Chitty Bang Bang」。2万3000ccの航空機用エンジンを搭載した怪物マシンで、数年後にはイアン・フレミングがこれを称え、子供向けの絵本を出版したほどだ。戦時中に酒場で歌われた猥褻な歌にちなんで名付けられたこの車は、ブルックランズシリーズの第1弾としてデビューした。初めて披露されたチキチキバンバン1号車には、石炭ストーブの煙突が排気管として使用された。また2号車では、彼は仲間とともにサハラ砂漠へのロードトリップに出掛けている。
 
彼の私生活は虚勢と虚栄に満ちていた。だがその裏には、伯爵の名にふさわしい世界的なキャリアを手に入れたいと願う寡黙で真面目な顔があった。その熱情をレースに傾けたルイは、アストンマーティン初期のパトロンとなる。単に資金を提供しただけでなく、1922年から1923年のシーズンでは、自ら3度にわたりグランプリの表彰台に立つという目覚ましい活躍をみせた。1923年にはインディアナポリスでブガッティに戦いを挑むも、ハリー・ミラーの完璧なモデル122に惨敗を喫した。しかし、そこで抜かりがないのがルイである。その122で1923年のスペイングランプリに参戦。アルベルト・ディヴォに僅差に迫り準優勝に輝いた。それは彼の欧州におけるレーサーとしての最高の成績となったのである。その時に彼は最速ラップ記録も同時に打ち立てた。そして1924年、なんとメルセデスから声が掛かるのである。まさに彼の父親と同じように。
 
だが運命とはいたずらである。その契約の締結を待たず、彼はこの世を去った。イタリアグランプリでマシントラブルによる遅れを取り戻そうと果敢な走りを見せた直後、レスモのコーナーでコースアウトし、有名なモンツァの木に真正面から突っ込んだのである。一部では彼はその日、父親のゴールドのカフスボタンを初めて身に着けていたと噂されている。29歳だった彼は、ズボロウスキー家の最後の末裔となった。チキチキバンバンはおとぎ話よりも劇的で華々しく、そして悲しい。

編集翻訳:奥 坦次 Transcreation: Tadatsugu OKU 原文翻訳:株式会社トランス・アジア Translation: Trans-Asia Inc. Words: Dale Drinnon

RECOMMENDEDおすすめの記事