2台のロールス・スロイス ドーンで高級車の定義を比較する

Photography: Jamie Lipman


 
私たちの目の前に佇むシルバードーン・ドロップヘッドクーペは、1952年の7月16日に、カナダトロントのロールス・ロイス・ディーラーであるJLクック・モータースに向けて、新車でデリバリーされたものだ。それはカナダでの二人のオーナーを経て、米国オハイオ州のロイ・G・ワイルドに売却され、氏の元で46年間過ごすことになる。その間、車をカナダに戻してメカニカルオーバーホールとエンジンのリビルドを行い、2008年に亡くなるまでオリジナルのペイントとインテリアを大切に保っていた。
 
ロールス・ロイス社は、2016年型ドーンの発表の際、この1952年型シャシーナンバー"LSHD60"を会場の南アフリカに送りこんだ。招待されたジャーナリストたちは、ステレンボスのデレイア・グラフ・ワイナリーに到着すると、まずはエントランスの脇に鎮座した新旧2台のドーンと対面してから発表会場に向かった。この場合、1952年モデルは純粋にディスプレイまたは話題のための存在だったのだろうが、しかしオクタンとしては、当然これを走らせない訳にはいかない。
 
重いドライバーズドアを開き、広々したフロントシートに落ち着く。快適な空間だがピアノ椅子のようにフラットだ。大径で細身のスリースポーク・ステアリングホイールを抱え込むようなドライビングポジション。パッセンジャーシートの前には木製のグラブハンドルが奢られる。視界前方はウォルナットの海でダッシュボード全体から左右ドアトップにまで波及する。

その中に点在する計器やスイッチはどれもマットブラックの地味なもので、この機能本位の意匠は、当時の顧客や多くのロールス・ロイス社の従業員が見慣れていただろう、第二次大戦の軍用機の計器版を彷彿させる。インストゥルメントボードの上品なイグニションキーをひねり、黒いスターターボタンを押す。シルバードーンの4566ccエンジンは驚いたように咳き込み、目覚めた。このエンジン自体は、戦後ベントレーの傑作として有名なRタイプコンチネンタル用に発展するユニットだ。たとえデチューンされてはいても、1950年代初頭の大型リムジン並みの95mph(150km/h)が充分に可能だ。
 
ステアリングコラムにマウントされているのは、旧式のATセレクターのように見えるが、実はマニュアルギアボックスのチェンジレバーだ。シルバードーンのベースとなったベントレーは、伝統的にRHDで、マニュアルシフトレバーが右側、すなわちドライバーズシートのドア側に位置するが、その特殊な配置以前にフロアシフトそのものが、想定している米国のマーケットでは受け入れられないだろうとの判断だった。そのためシフトレバーは複雑なリンクを介して、LHDのステアリングコラムに移設された。だがこれにはロールス・ロイスの面目躍如たる工作がなされており、複雑なメカニズムに通常ありがちな不確実さは微塵も感じない。
 
さあ、動かしてみよう。アシストなしのステアリングは予想どおり重いが速度が乗ってくるに従って、充分に軽く滑らかになる。ロールス・ロイスが自ら説明するように、シルバードーンは、それまではあり得なかった"オーナー自身によるドライブ"を前提とした、新しい時代に向かうロールス・ロイスの、正にドーン(夜明け)なのだ。
 
ベントレーと同様に屈強なセパレートシャシーを持つが、コイルとウイッシュボーンの前輪独立懸架のおかげでハンドリングは良好。後年、終戦直後のあまり質が良くない鋼板を使ったため、錆を生じたスタンダード・スティールボディを下ろして製作された、数多いMk.Ⅵスペシャルに軽快なスポーツタイプが多くあったことを思い出す。このシルバードーンは現代のトラフィックの中にあっても遜色なく使える車であるのみならず、ちゃんと70年前に設計された高級ツアラーとしての仕事もこなす。重くてかさばるフードを上げても現代のクルマのように完璧な静寂が訪れる訳でもないし、走りは現代のどの標準に照らしてみても速いとは言い難いが、トップを下ろしてウエスタンケープのワイナリー地区をクルージングすれば、他にはなにもいらないという、充実した気持ちになる。
 
外観を観察してみよう。居合わせた誰もが賞賛するに違いないエレガントなスタイル。極ありきたりなスタンダードサルーンをベースにこれを作り上げたパークウォードのアートセンスには改めて敬意を表したい。パルテノングリルと角張ったウインドスクリーンと三角窓の三点セットを除けば、この造形は、たとえばフラネイのような、偉大なフランスのコーチビルダーの作にも見える。フラネイは実際にも1947年Mk.Ⅵをベースに、多分にデカダンの香り漂う車を製作している。前・後輪それぞれのフェンダーの後方に流れ落ちるラインを、スパッツでフルカバーされたリアホイールとツートーンのペイントがさらに引き立たせている。
 
車のスタイリングが戦争の後遺症をいまだ引きずっていたヨーロッパと異なり、車が遥かにスマートになっていた1950年代初頭のアメリカにおいてさえ、パークウォードのデザインはとりわけエレガントに見えたに違いない。
 

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation: Kosaku KOISHIHARA Words: Mark Dixon 

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