フェラーリ生誕の地 イタリア・モデナの魅力

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モデナは、市内や近郊に自動車メーカーが集まっていることで世界的に有名だ。それだけでもエンスージアストにとっては訪れる理由になるが、魅力はほかにもある。モデナの起源は紀元前183 年。ローマの植民地となってラテン語でムティナと名付けられ、その後、エステ家が統治する公国の首都となった。モデナの人々は伝統的に、何に対しても努力を惜しまないことで知られる。それは、車から食べ物、タイルやワイン、ひいては酢にまで及んでバルサミコ酢を生み出した。生活を豊かにするために妥協を許さないのがモデネーゼだ。
 
その結果、イタリア随一といわれる食の街となった。近郊のカステルヌオーヴォ・ランゴーネにはサラミ博物館まである。ダウンタウンには、世界で5本の指に入る名店、マッシモ・ボットゥーラのレストランもあるが、地元の人々に愛されているのは、より伝統的なトラットリア・ビアンカだ。料理に添えるなら、地元のスパークリングワイン、赤のランブルスコをお勧めする。それが近郊のソルバラ産なら、地元の食材をいっそう引き立たせてくれること間違いなしだ。モデナに古くから伝わる伝統にバルサミコ酢の醸造がある。バルサミコ酢を熟成させる貯蔵庫アチェタイアはぜひ訪れたい場所だ。ただし、最高のアチェタイアのいくつかは個人宅にある。モデナの名家は、今もそれぞれにバルサミコ酢の貯蔵庫を構えているのだ。
 
1099年建造のモデナ大聖堂は、世界で最も美しいロマネルスク様式の教会として知られ、ユネスコの世界遺産に登録されている。1179年に建設された高さ86mの鐘楼があり、ギルランディーナと呼ばれて街のシンボルとなっている。また、大聖堂の前のグランデ広場は、モデネーゼが集う憩いの場所だ。
 
この地では8世紀から馬車の製造が行われていた。したがって、その伝統が自動車へとつながったのも不思議ではない。モデナの馬車は、他の地域のものより軽い良質な木材で造られ、軽量で扱いやすいと評価されていた。また、細身の木枠によって見た目も美しく、丹念に造られているので長持ちした。伝統を重んじる地域だから、馬車の製造で培われたもの作りの姿勢が、のちのカロッツェリアに受け継がれ、美しい車を形作る際に生かされたことは想像に難くない。
 
エンツォ・フェラーリはモデナで生まれ、モデナの父として尊敬されている。その生家があった場所にはエンツォ・フェラーリ博物館が建つ。一方、トレント・エ・トリエステ通りにあったスクーデリア・フェラーリ最初の本拠地は、残念ながら駐車場になってしまった。現在ファクトリーが位置するマラネロはモデナから15kmほどのところで、フェラーリ博物館やテストコースのフィオラノもある。
 
マセラティは、オルシ家が買収した1937年にボローニャからモデナに移転してきた。現在も、市街地にほど近い同じ場所に本拠地と製造施設がある。マセラティの博物館はなくなってしまったが、近くには重要なマセラティの各モデルを収蔵しているウンベルト・パニーニ・コレクションがあり、予約をすれば一般の人も見ることができる。パニーニは、マセラティ博物館が収蔵していた車を1996年に入手した。ロンドンでブルックスのオークションにかけられそうになったところを購入して、散逸を防いだのである。
 
エンスージアストなら、スタンゲリーニ博物館もぜひ訪れてみたい場所だ。この博物館は、現在もスタンゲリーニ家が運営している。最後に、宿敵ランボルギーニについても触れておこう。なにしろフェラーリなしにはランボルギーニのスーパーカーも存在しなかったかもしれないのだから。ランボルギーニの本拠地と一新されたばかりのミュージアムは、モデナ近郊のサンターガタ・ボロネーゼにある。

Words: David Lillywhite

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