1922年に行われた18カ月にもおよぶ学術研究の旅「黒い巡洋艦隊」とは?

Images:PEUGEOT CITROËN JAPON

アンドレ・シトロエンが計画した、シトロエン・ケグレス軽量ハーフトラックによる冒険旅行は、その卓越した悪路走破力を世間に知らしめるためとはいえ、自動車にとっても、もちろん人にとっても想像を絶する過酷な旅程になることは明らかであった。その第一弾は、1922年から23年にかけての冬に行われた全行程3220Kmの旅で、アルジェリアのトゥグールを出発し、マリのトンブクトゥにいたるルートを5台のシトロエン・ケグレス・ハーフトラックによって22日間で走破した。
 
アンドレはこれが成功裏に終わったことで、間髪を入れず、2万kmにもおよぶアフリカ横断旅行を実行に移した。アルジェリアのアルジェを出発してサハラ砂漠を横断後、ニジェール、スーダンを経由して、海路にてマダガスカルに渡るという前回の旅とは比較にならない過酷な旅程となった。
 
それは1922年10月から24年3月までの18カ月にもおよぶ学術研究の旅であり、"La Croisiere Noire" すなわち"黒い巡洋艦隊"と呼ばれた。この旅には8台の車を用い、動物・地学・地質の各学者のほか、記録を担当する画家、写真師、映画撮影技師など16名のクルーが参加した。
 

"La Croisiere Noire " のために作られた自動車用トランク。車体に合わせてさまざまな形状のトランクが製作された。©Louis Vuitton Malletier

シトロエンはこの旅に欠かせない調査や人員のための各装備を損傷なく安全に運ぶため、ルイ・ヴィトンに計画への参加を要請。ルイ・ヴィトンは自社が持つスペシャルオーダーの技術をいかして、クルーが日常的に使う必需品(食器や洗面道具、衣類)のほか、機材などを収納するトランクを製作し、提供している。こうしたサポート体制が稿を奏して、2万7000mの映画フィルム、8000枚の写真、300枚以上の植物のスケッチだけでなく、膨大な数の哺乳動物、鳥類、昆虫の標本をフランスに持ち帰った。
 
シトロエンによる冒険調査旅行の次なる目的地に選ばれたのは、アジアを北京に向かう、黄色い巡洋艦隊であり、それは道なき道を行く、さらに過酷なものであった。

文:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) 写真:プジョー・シトロエン・ジャポン Words:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo. ) 

RECOMMENDEDおすすめの記事