刺激的な文明と文化の場所│「コンセルヴァトワール」とは?

Photography: Mark Dixon


 
開所当時、コレクションにはいい状態のID19(初期の廉価版DS )すらなかったという。プレジデンシャルDSもなく、ド・ゴールのDSを15 万ユーロでオファーされたが、それ以前に収集しなければならないモデルも多々存在するため、後回しにされた(その後、収蔵された)。コンセルヴァトワールには、DS の各モデルが数多く揃っており、DSだけで1 列独占しているという具合だ。トランクが頑丈な装甲仕様になっているのは、給料袋を積んで複数の工場に届けて回った車だ。また、1960 年代末まで社用車として使われたプリプロダクション車両もあり、DS 51 の文字がエンジンのファイアウォールに今もはっきり残っていた。
 
別の一画には、第二次世界大戦中の2CVプロトタイプが展示されている。ドイツの侵攻に備えて、ラ・フェルテ・ヴィダムにあるシトロエンのテストコースに隠され、1994 年に見つかったものだ。驚くべき発見の可能性がまだ残されている証拠である。では、伝説トラクシオン・アヴァン22CV はどうだろう。V8 エンジンを搭載する"スーパー・トラクシオン"は、ミシュランがオーナーになった1935 年以降、行方不明になっている。

「ここにもありませんよ。私たちが隠しているんだろうと言われますが、それは違います。個人的には、あのプロトタイプは通常の11CVに再びコンバートされたのではないかと思います。いつかシトロエンがレプリカを造るかもしれませんね」とはドゥニの弁だ(彼は2018 年からレトロモビルの責任者に就いた)。
 
コレクションの内容が幅広いのは、創業者アンドレ・シトロエンの尽力によるものだ。自社の初期モデルの保管に自ら着手し、ミシュラン時代も継続した。フランス中のディーラーや整備工場から車を集めた結果、コレクションがあまりに膨大になり、保管場所がなくなったため、後年には車を人に譲渡していたという。その典型的な例が、ロケットのようなシルエットを強調するため1962 年のパリ・サロンで垂直に展示されたDSである。その後、スイスのディーラーが譲り受け、ドイツのシトロエンクラブの所有となった。
 
実物の車ほど刺激的ではないものの、歴史家にとってより貴重なのが、コンセルヴァトワールで保管しているファクトリーの記録である。第二次世界大戦中にジャヴェル工場が爆撃を受けて一部は失われたが、1920年代にまで溯る資料が揃う。また、古いカタログ類が大量にあり、スキャンしてデジタル化する作業が行われている。
 


コレクションは実にバラエティー豊かだ。アフガニスタンの職人が描いた絵で埋め尽くされているのは、1976年にパリとカブールを往復したGX 1220だ。もっと本格的なラリーカーもある。1996年グラナダ-ダカールで勝利したZXラリーレイド・エヴォリューション5である。
 
会社としてはむしろ忘れたいのではないかと思うような問題作もある。その最たるものが2CVシュペール(通称“ポップ”)のプロトタイプだ。通常の2CVにトラクシオン風フロントグリルとサイドステップを付け、リアにはトランクと、その外側にスペアタイヤが取り付けられている。1974年に2CV の高級バージョンを造ろうと試みた結果だ。
 
現在、コンセルヴァトワールは予約制で公開されているので、通常の博物館と違い、ふらりと立ち寄ることができる場所ではない。とはいえ、これほど貴重な車の数々を見る機会があるだけで感謝しなければ。それもすべてスタッフの地道な努力のおかげだ。コレクションのさらなる発展を祈ろうではないか。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words and Photography: Mark Dixon

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