世界が絶賛した、美しくも独創的な20世紀の名車

PEUGEOT CITROEN JAPON

1955年に誕生したDSは、今ではDSブランドの精神的支柱という存在になっているが、もちろんのことながらシトロエンが生んだ一モデルだ。シトロエンを代表する車はなにかと聞いたら、多くの人が2CVとともにDSと答えるだろう。20世紀末に世界の自動車評論家が選考したカーオブザセンチュリーでは、DSは見事3位に選出された。ちなみに2CVとトラクシオンアヴァンがベスト27台に入っており、メーカーとして3台選ばれたのはシトロエンだけだった。
 
DSは、トラクシオンアヴァンの後継車に相当するが、両者は見た目も中身もかけ離れた存在である。モデルチェンジまでに21年を要しており、その長い期間にたいへんな新技術が開発されたわけである。当初はトラクシオンアヴァンの外観だけを流線型に化粧直しして、戦前の1940年に新型として発表される予定だった。しかし2CVのときと同様、戦争勃発によりその計画は流れた。


 
戦後は2CVの市販化(1949年)や、戦時中にストップしていたトラクシオンアヴァンの量産再開が先決で、そのあとにようやくトラクシオンアヴァン後継車計画に本腰が入れられたが、1950年にブーランジェ社長が不慮の事故で亡くなり、計画は見直しされた。新しい社長はミシュラン・トップと兼任のロベール・ピュイズーで、後に社長を継ぐピエール・ベルコを右腕にして、新型車の開発を続行させた。ブーランジェはストイックな人物だったが、上層階級出身のこの2人がDSのステータス性を高めるのに影響力を発揮したという見方がある。
 
DSの大きな特徴のひとつが、ハイドロニューマチック・サスペンションだ。これはポール・マジェスという技師が研究していた、ステアリングやブレーキの油圧アシスト装置から着想されたといわれる。ただそれ以前に、タイヤメーカーから来た歴代社長が乗り心地やロードホールディングに非常にこだわっていたことも知られ、2CVとDSは、その影響もあって、非凡な凝ったサスペンション機構が開発された。なかでも複雑なハイドロニューマチックが実用化できたのは、長い開発期間があってのことでもある。
 
DSで唯一保守的な部分がエンジンだといわれる。その搭載レイアウトも含めて、21年前のトラクシオンアヴァンと同じなのである。戦後の開発時には、水平対向6気筒エンジンをノーズ部分に搭載する計画だった。これは水平対向2気筒を積んだ2CVと同じレイアウトで、前輪駆動としては優れた搭載方法だった。DSの開発指揮を全面的に任されていたアンドレ・ルフェーヴルは、前輪駆動にこだわりがあり、フロント荷重を十二分に重くしたうえで、水滴型流線型ボディ形状をとるために、リアトレッドを極度に狭くすることを理想とした。



こういったコンセプトにノーズに縦置きできる水平対向エンジンは適していた。ただこのエンジンは開発が難航し、結果的にDSは直列4気筒エンジンを前車軸後方に置く方式をとらざるをえなかった。狭いスペースにエンジンを詰め込むので、戦後の現代的プロポーションのDSには苦しいところがあり、その後エンジンの大幅強化の道は閉ざされることになった。
 
ただしその結果、DSは魅力的なデザインが可能になった。完全なフロントミドシップ・エンジンであるために、ノーズをスラントノーズにすることができた。ポルシェ911(1963年登場)のような後部エンジン車ならまだしも、ここまでノーズが低い車は当時ほとんどなかった。DSはラジエター冷却用空気の取り入れも車体下面から行い、ノーズの美しさにこだわっている。
 
車体全体のデザインもDS の見どころで、DSは現在でも世界の自動車メーカーの、並みいる著名デザイナーたちが、最高の自動車デザインだと絶賛している。それを手がけたのが、イタリア出身のフラミニオ・ベルトーニである。DS のデザインは美しいだけでなく、ユニークな部分も多い。たとえばリアウィンドウまわりの処理は独特で、ベルトーニが上層部からの無理難題に対応して、即興的な天才的解決法でもって、この独創的なスタイリングを完成させたのだった。

文:武田 隆 Words:Takashi TAKEDA

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