日本のシトロエンオーナーズクラブを訪ねる│ネットが物語る未来の可能性

Photography:Hiromoto FURUKAWA , Yoshisuke MAYUMI

日本におけるシトロエンオーナーたちの活動は、その販売台数に比べて、はるかに活発だった。特にBXが売れた1980年代から90年代までが、その最盛期だったと言われている。当時は様々なイベントが行われ、オーナー同士の交流も盛んだった。そして90年代半ばからのインターネットの普及がそれらをさらに後押しした。自動車趣味の高齢化が叫ばれるなか、彼らはいまも元気なのだろうか。

自動車の輸入が自由化された1965年、それまでいくつか存在していた小さなクラブが合同して日本シトロエンクラブ(CCJ)が東京に誕生した。現存する日本の自動車オーナーズクラブとしては、最も歴史あるクラブのひとつである。
 
当時のシトロエンといえばDSと2CV 、そしてAMIしかラインナップされていなかった時代、インポーターもまだ西武自動車ではなく日仏自動車だった。中部地方こそ1952年から渡辺自動車によってシトロエンの販売が開始されていたが、関西地区で関西日仏自動車(日仏自動車とは別会社)による販売店が設立されたのは、奇しくも同じ1965 年だ。そう聞けば日本シトロエンクラブがいかに長い歴史を持つのかをお分かりいただけるだろう。
 


現在では北海道、関東、中部、関西、九州に支部があり、沖縄を除くすべての都道府県に160名のクラブ員がいる。活動は地区別に開催されている年2〜3回のミーティングが中心だ。
 
関東地区はお店を借りて会食し、関西地区では公園で煮炊きをするなど、地区別にミーティングのノ・・リは多少異なるものの、食事後に駐車場に並べたシトロエンを眺めるのはやはりどこも同じ。少し前まではその場で整備を始める猛者もいたが、最近はボンネットを開けるくらいにとどまっているそうだ。
 
クラブの特徴はシトロエンだったらなんでもウエルカムという自由な雰囲気。2CVだろうがDSだろうが、もちろん最新モデルであってもシトロエンであれば関係ない。厳密にはオーナーズクラブではなく、シトロエンが好きな人のクラブという定義なのでシトロエンを所有していなくてもいい。
 
日本のオーナーズクラブの多くは車種単位である。メーカー単位のクラブというのは比較的めずらしい。過去、日本シトロエンクラブでも車種別に集まる動きが何度かあったそうだが、その車種の「旬」が過ぎると、結局みんな戻ってきたという。
 
日本最大のフランス車の祭典、フレンチブルーミーティング(FBM)も、日本シトロエンクラブの3人のメンバーがツーリングの途中に車山高原に立ち寄ったことに端を発している。FBM が車種やメーカーの枠を超え、20年以上にわたって盛り上がりを見せているのも、母体となった日本シトロエンクラブの自由な雰囲気が影響していることは間違いないだろう。

文:馬弓 良輔 写真:古川 公元、馬弓 良輔 Words:Yoshisuke MAYUMI 

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