異種交配の歴史│他社のエンジンを搭載する「ハイブリッド」の歴史

octane UK

ヨーロッパでデザインした車に大排気量のアメリカンV8が盛んに搭載されるようになったのは、1960年代のことである。しかし、広く他社のエンジンを搭載することは、自動車が発明された頃から行われていた。
 
スケールではヘンリー・フォードに及ばないものの、それに先立って世界に自動車を広めたのがド・ディオン・ブートン社である。車の製造も行っていたが、事業の柱は他社へのエンジン供給だった。その販売数は、1895~1902年に約5万ユニットに上ると推計されており、自動車用に加えて船舶用や定置用のエンジンも製造していた。
 
ド・ディオン・ブートン製エンジンを使用したメーカーは数多い。イギリスのデニスやアーガイル、ローバー(1899年頃からド・ディオン製エンジンの三輪車を販売)、ドイツのクーデル、イタリアのイソッタ・フラスキーニなどだ。他社にエンジンを供給したのはド・ディオンだけではない。ウィリアム・モーリスが1913年に発売した“ブルノーズ”ことモーリス・オックスフォードは、コヴェントリーにあるホワイト&ポップ社のエンジンを搭載していた。写真はその工場だ。モーリスでは、エンジンだけでなく大半のコンポーネントを他社から購入していた。ちなみにコヴェントリー生まれのジェイムズ・ホワイトは、ノルウェーのエンジニアであるペーター・ポップとオーストリアの軍需用品見本市で出会った。草創期の自動車業界はコスモポリタンだったことが分かる。
 
また、1910年頃にイギリスのゴダルミングにあったヴィクトリア社は、ドイツのファフニアからエンジンを輸入していた。社長のノーマン・ストーンは、『Octane』に寄稿するデイヴィッド・バージェス-ワイズの大叔父だ。ただし、ヴィクトリアが製造した車は10台程度だったので、デイヴィッドがフォード並みの遺産を受け継ぐことはなかった。
 
やがて、フォードやモーリスといった主要メーカーも自前でエンジンを製造するようになる。あるいはエンジンメーカーを買収して傘下に収めた。理由はコストと供給の安定性だ。さらに、何千、何万、何十万とエンジンを製造できるようになると、直接には競合しない小メーカーにエンジンを販売する余裕が生まれる。

たとえばフォードのフラットヘッドV8エンジンは、第二次世界大戦中の装甲輸送車から、終戦直後のアラード、1950 年代のシムカ・ヴェデットまで、あらゆるタイプの車で使用された。伝統的に他社のエンジンを搭載しているのがスポーツカーメーカーのモーガンだ。2000年代初頭にBMWが他社にV 8を販売した例は、モーガンのエアロ8だけだった。 

これよりはるかに少ないのが、自動車用以外のエンジンを搭載した例である。すぐ思い浮かぶのは、航空機用エンジンを搭載した1920年代のブルックランズスペシャルだ。ロードカーに使用した例では、1950年代のロータス・エリートがある。搭載したコヴェントリー・クライマックスは、元々は消防ポンプ用のエンジンだった。
 
近年はプラットフォームの共通化が進んでいる。異なるメーカーが共通のベースを使用して個々にモデルを造り上げる手法だ。その中には意外な組み合わせもある。たとえば生粋のイギリスブランドというイメージのランドローバーだが、2006~14年に製造していたフリーランダー2では、フォードのシャシーにボルボの直列6気筒エンジンを搭載していた。当時はランドローバーもボルボもフォードの傘下だったからだ。
 
今や内燃機関は下り坂を迎え、バッテリーやモーターのメーカーが潤う時代を迎えた。ただし、電気自動車がもてはやされる時代がいつまで続くのかは予測不可能だ。もはや自動車産業に新機軸は登場しないといわれて久しい。だが私たちの子や孫の世代には、そんな通念を打破する日が来るかもしれない。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Mark Dixon

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