50年以上もバラバラの状態で放置されていたベントレーの眩い復活 後編

Photography: Paul Harmer

「いや、この車の特長はユニークなオリジナリティだから、それはそのままにしておきたかった」とメドカーフはいう。「オリジナル性を維持するのは手間のかかることだが、時には唯一の正しい方法だ。そのポリシーをオーナーも理解してくれると本当に安心できるんだ」

前編

「近年のクラシックカー・マーケットでは、有難いことにオリジナリティが尊重され守られるようになったが、オリジナルの部品はごみ箱に捨てて、すべてまったくの新車のように作り上げていたのはそんなに昔のことではない。ベントレーの世界ではル・マン・レプリカを製作するために元のボディを大切にしないことが多かった。一部の人々はいまだにそれを望むし、我々もそれを拒めない。ベントレーの機械部分は100年もつように作られているが、コーチワークは無論そうではない。だが最近は変わってきている。もしオリジナル性を保てるのならばそれを尊重するのが我々の仕事であり、後世の人々もそれに賛同してくれると私は信じている」
 
その結果、UP2100のシャシーは当時と同じようにハンドペイントされ、ボディでは木骨の40%以上が再利用された。バルクヘッドやラジエターのメッキ、ヘッドランプなどは綺麗にクリーニングされたが、それ以上の作業は行われなかった。同様にエンジンやギアボックス、デフも入念なチェックと整備を受けただけで、リビルドも交換も行われなかった。



いっぽうアルミパネルの98%、スチール製のフェンダーはオリジナルのままとされたが、年代物のタイヤは安全面を考慮して新品のクロスプライに交換された。室内では(正しく)ニス仕上げされていないウッドパネルは再利用できたが、オリジナルのレザー内装は赤にハンドペイントされており、諦めなければならなかった。
 
入念で美しい仕上げは車のあちこちに溢れている。たとえば完璧な工具類は、ベンチシートの下からの引き出す仕掛けになっているが、何よりもエンジンに今なお鉛シール(封印)が取り付けられているということが徹底的な検査で明らかになった。ベントレーはかつてエンジンにシールを装着し、それによって、いつどこで作業が行われたかを判別していた。それ如何によっては保証が無効になることもあったが、そのオリジナルのシールが今も元の場所に取り付けられているという話はまず聞いたことがない。
 
レストア作業は簡単なものではなく、短時間で済むものでもなかった。「これだけで60時間もかかった」とメドカーフは車のフロント部分を指しながら説明してくれた。それはオリジナルの革製リーフスプリングカバーで、大変に骨の折れる作業の末に再び使用できるようになったという。

「それだけの価値があるのだが…」とため息交じりに話す彼にとってベントレーは単にビジネスの対象というだけでなく、細胞の中に刻まれているとも言える。北ロンドンで育った彼は5歳の時、二人の兄弟とともに、父親のリビルドされたばかりの1923年シンクレア・ボディの3リッターで、9カ月かけて北米を2万8000マイル巡ったのだという。22年ほど前、家族のベントレーの整備がビジネスに変わり、それから着実に成長。6年前、会社はウェスト・サセックスのリスに移転、現在は25人の従業員を抱え、仕事の6割はラリーの準備整備だという。ヴィンテージカーの表裏に精通しているというわけだ。


 
その忙しいワークショップの真ん中に、オリジナルのカラーに塗り分けられた(塗装だけで1800時間もかかったという)UP2100が置かれていた。しっかりスプリングが効いたベンチシートからの眺めは威風堂々たるものだった。最初にしなければならないのは、中央に位置する"ボタン"・スロットルと踏みしろが長いブレーキ、そしてもちろんローとセカンドの間にギャップがあるCタイプ・ギアボックスに自分の運転感覚を合わせることだ。発進のために点火時期を遅らせ、低回転でゆっくり動き出す。加速する際にはわずかに点火時期を早める。4 1/2を運転するのはワクワクするが、見事なオドメーターが示す3万9599マイルにあまり数字を加えたくない気持ちもある。まるで工場から出たばかりの1928年ベントレーを運転しているかのようだ。
 
標準の10フィート10インチシャシーを持つもっと広々とした4シーターの4 1/2と比べると、スクエアなウィンドスクリーンのおかげで風切り音は小さいが、コーチビルドカーにはつきものの伝統的なガラガラ、キーキーという軋み音は大きく聞こえる。田園地帯の木立の中を走り抜けるベントレーは、もともと周囲の風景の中に存在していたかのようだ。

わずかに点在する現代的な建物を除けば、まるで当時そのままである。丘の上りに差し掛かり、私がシフトダウンしようとすると、メドカーフはそれを止めて言った。「だめだめ、トルクにまかせて」言われた通りにそのまま踏み込むと、強大なトルクがベントレーを楽々と引っ張り上げてくれる。まったくの初心者でも簡潔な操縦法を守れば済む。要するにできるだけ早めにトップに入れて、そのままにするということだ。ギアボックスを余すところなく使いたいならば、切れのいい変速のためには回転を上げる必要があるが、掛け値なしに3500rpmしか使えないということを忘れてはいけない。


 
ヒル・ブラウにあるガレージに向かって丘の反対側を勢い良く駆け下っていると、メドカーフは満面の笑みを浮かべて「こういうのは久しぶりだ」と言う。何だって?「道の上をまともに走らせることだよ」まったくもってその通り、実に50年以上ぶりのことなのである。
 
前世では、このベントレーは自動車の傑作というよりも眺めて感嘆する美術品のようなものだった。マッジョーレ湖の湖底から発見され、現在はカリフォルニア州オックスナードのマリン・ミュージアムに展示されているあの有名なブガッティのように、それはたとえば遺跡であり、素晴らしい車であるという以上に見事な芸術作品だった。今、ヴィクター・ブルーム・ベントレーは、その両方を見事に融合させているのである。

編集翻訳:高平高輝  Transcreation: Koki TAKAHIRA Words: James Elliott

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