ベントレーの本社兼工場を訪ねて│ゆったりと流れるワーキングスタイル


 
切り出されたレザーは、こちらも熟練の縫製士の手でシートやステアリングの形に縫い上げられていく。シートなど大物の縫製にはミシンが用いられるが、それでもシワなく正確に縫い上げるにはかなりの手作業が必要。いっぽうのステアリングは完全に手縫いで仕上げられるのだが、興味深いのはその作業方法。なんと、ステッチの間隔の目印をつける道具として、食事の際に用いるフォークが用いられるのだ。ここで働く作業員はひとりずつ使い慣れた"マイフォーク"を持っており、その先端をレザーに押しつけてステッチの目印をつけると、あとは一心不乱に縫い上げていく。このフォークにしても作業員が自分で選んだものだから、ステッチのピッチは微妙に異なる。それでも、ベントレーはこれを一種の味としてとらえ、いまもステアリングのステッチはすべて人手に頼っているのである。 

インテリアのもうひとつのハイライトであるウッドのワークショップも、同様に気が遠くなるような作業の末に完成される。それこそ南米、北米、東南アジア、さらには日本など世界各国から集められたウッド素材は薄くスライスされてストックヤードに保管される。



その色も濃い茶色、薄茶、黒っぽいもの、グレーがかったもの、白っぽいものなど様々。木目もみっしりと目が詰まった細かい模様から、動物の目を思わせる丸い模様が浮かび上がったものなど多種多様である。しかも、ダッシュボードなどではこの模様が左右対称になるように貼り合わせられるのだから、結果としてできあがる模様の種類はまさに無限大。作られたベントレーの数だけ異なるウッドの模様があるといっても過言ではない。
 
そうして選び抜かれたウッドはベースとなる金属などに貼り付けられ、磨かれ、ラッカーで塗装し、さらに磨かれて、本来の美しさを浮かび上がらせていく。その手間ひまかけて作られる様子を目の当たりにすれば、どんなに高価なベントレーでさえ"バリュー・フォー・マネー"と思えるはずだ。
 
1台1台ていねいに作り込まれるのはレザーやウッドばかりではない。ボディやエンジンさえも、ゆっくりと流れる時のなかで時間をかけて組み上げられていくのだ。ちなみにミュルザンヌは1日に5台、コンチネンタルGTやフライングスパーでさえ1日50台ほどが生産されると聞けば、大量生産されるプレミアムブランドとはまったく異なる手間のかけ方であることがご理解いただけるだろう。


 
現代の自動車産業にはめずらしく、ベントレーではエンジンさえもその多くが熟練のメカニックの手で組み上げられていく。ちなみにミュルザンヌに搭載される6 3/4リッター V8エンジンは完全なるクルー生まれ。「世界でもっとも多く生産される12気筒エンジン」と称される6.0リッター W12エンジンは、一部パーツがドイツから運び込まれるものの、アウディA8に搭載される分も含めて全数クルーで生産される。
 
しかも、ビスポークが当たり前のベントレーでは1台1台の仕様がすべて異なり、アセンブリーが行われる段階ですべての車両は行き先が決まっている。したがって部品の管理はすべて機械化されているのだが、ここでも熟練のメカニックとコンピューターとの連携が鮮やかに行われているのである。

文:大谷達也 Words:Tatsuya OTANI 写真:櫻井朋成、ベントレー モーターズ Photography:Tomonari SAKURAI , Bentley Motors

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