105年を迎えたマセラティ 新たなステージへ

105年前の12月1日、アルフィエーリ マセラティが兄弟のエットーレとエルネストとともにボローニャの中心部にあるビア・デ・ペポリの1A番地に「アルフィエーリ マセラティ」を創業した。そして今、マセラティは新しい時代を迎えようとしている。

マセラティ兄弟は機械工学に情熱を持ち、またスピードを愛し、多くの技術およびコミットメントにとどまらず、自分たちがレーシングカーのステアリングホィールを握ることを喜びとしていた。兄弟の中で唯一、エンジニアとならなかった画家のマリオは、有名なトライデントのロゴ(ボローニャの中心にあるネプチューンの噴水に着想)の制作に貢献。また彼らの兄弟ビンド は、1932年にオフィチーネ マセラティに加わった。

トライデントを冠した最初の車は1926年に製造されたTipo 26。同年にタルガフローリオでデビューし、1.5リッターまでのクラスで優勝、この時ステアリングを握ったのはアルフィエーリ・マセラティである。

これを契機に長年にわたるレーシングカーでの成功の歴史が始まる。インディアナポリス500での2連勝(1939年,1940年)、タルガフローリオでは4連続優勝(1937年,1938年,1939年,1940年)、F1にて9度の勝利、1957年にはファン・マヌエル・ファンジオがドライバーを務めF1世界選手権での優勝を果たす。

さらに近年では、2005年から2010年の間にかけて、MC12とともにGT選手権の最上レースカテゴリであるFIA GT1国際チャンピオンシップを6度勝ち取り、常勝街道へ舞い戻ってきたのだ。

マセラティは創業から1939 年までボローニャを拠点としていたが、1939 年9月下旬、オルシ家によるブランドの買収に続き、マセラティ本社をモデナへ移転。オルシ家は最も世界的に有名なブランドとなることを目指し、新しい車の研究開発および製造に投資を行う。現在もマセラティの中心となる、ヴィアーレ・チロ・メノッティのモデナ工場は1940年1月1日に正式に始動開始した。

1947年は、マセラティにとってひとつの時代の終わりと新たな時代もあった。マセラティ兄弟とオルシ家との協業は、ブランド初のロードカーであるA6 1500を発売とともに終了。

そして、1963年には新たな段階の歴史を歩み始めた。クアトロポルテの発売は、全く新しい以前に存在しない市場セグメントや高性能高級セダンを生み出したのだ。

シトロエン時代(1967-1975)に最初の近代的な産業プロセスを導入し、次のデトマゾ時代(1976-1993)においては、ブランドで最もよく知られ、大きな成功を収めたモデルのひとつ、ビトゥルボがモデナ工場で誕生した。
 
フィアットによる1993年の買収は、新しい章の始まりであった。1997年9月にフィアット グループ(現 FCA)のグループ企業であるフェラーリの傘下に置かれ、3200 GT(1998)が誕生。続いて米国市場への重要な回帰となったスパイダー(2001)と、大きな変革の年となったのである。

2005年、マセラティはフェラーリを離れ、フィアット グループの傘下に戻った。2007年には、第5世代のクアトロポルテのデトロイトモーターショーで発表、特に米国、日本、中東などの市場で躍進、大きな成功を収める年に。同年、ブランドの歴史の節目となるグラントゥーリズモがジュネーブ国際モーターショーでデビュー。

2009年にはグランカブリオが登場し、続いて2013年には第6世代である現行クアトロポルテをデトロイトモーターショーで発表、同年上海モーターショーでギブリ、2016年ジュネーヴ国際モーターショーでブランド初のSUVとなるレヴァンテが加わり、大幅にラインアップを広げた。

歴史的なヴィアーレチロメノッティの工場で、非常に革新的な新しいスーパースポーツカーの生産が2020年に開始される予定。一部電動化に対応するための生産ラインの改修が既に進行中だそう。同時にペイントショップの作業も開始されており、まったく新しい設備が追加される。

一世紀を超える偉大な歴史とともに、マセラティは間もなく新しい時代を迎える。2020年5月、過去と未来が出会い、ブランドは未来のモビリティにむけて姿を現すのだ。新しい時代へ向けたマセラティに期待しよう。

オクタン日本版編集部

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