古民家でこだわりのチーズを作る│世界3位に輝いたチーズ工房【千】senを訪れて

Photography: Tomonari SAKURAI

フランスの一般家庭では毎食後にデザートを食べる。そのデザートの前、つまりメインディッシュの後にはチーズを食べるのが普通だ。スーパーに行ってもチーズ売り場は広くその種類も豊富に揃っている。

日本でもチーズが人気であるということを聞いて、今回の日本一時帰国に合わせてネットで日本のチーズについて検索してみた。きっと酪農が盛んな北海道にあることだろうと勝手な想像をしながら見てみるとそこに「日本一」という文字が目に入った。国内のチーズ生産者にとって、最高賞にあたる農林水産大臣賞を受賞。史上最速、女性初、関東初の受賞。日本一のチーズを作る工房がある。それも、千葉県。房総半島は外房方面の大多喜だ。一体どんな人が作っているのだろう。そして、どんなチーズなのだろう?フランスからこのアトリエに興奮気味になった。チーズ工房【千】senという場所だ。


ここが一番賑わう日曜日。
 

無理を言って、日本滞在中でチーズを作る日の合う時を狙ってお邪魔させていただいた。そこは田畑、林に囲まれた築百二十年を超える古民家。ここに日本一のチーズを作っている工房があるのだ。そして、このチーズを作るの女性柴田千代さん。父親がエールフランスの整備士ということもあり小学生のときにフランスを初体験。この時にはすでにチーズにとりつかれ、チーズ作りを目指す。北海道の大学で微生について学び、徹底的に発酵食品について学んだ。その後北海道やフランスでチーズ作りを学ぶ。千代さんのチーズは、そこで学んできた物をただ作るのではなく、日本ならでは、千葉ならではのチーズ作りを目指した。


本日はモッツレラチーズを造ります。凝固した具合を指の感触で確認する。

日本には乳製品は煮沸消毒が義務付けられているため、その時点ですでにチーズ作りに欠かせない微生物を消さなくてはいけない。また、千葉では放牧されている酪農家は少なく、千代さんの工房の近くの酪農家は繋ぎ飼い式。(千葉は日本酪農発祥の地!)そういったチーズ作りには全く向かない環境が日本にはある。それでも、適切な発酵菌やチーズ作りの工程などを施してやれば世界に負けないチーズができると確信して千代さんはチーズを作る。チーズ作りに通常必要となる窯は、冷却水などが通二重構造のものが必要だが、それは高価。設備の面でも個人の工房には厳しい。そういうところを、千代さんは井戸水を利用し、手製の冷却パイプを制作するなどして小さい工房は整えられていった。


自家製の銅製冷却パイプ。地下水につなげて1年中冷たい水が手に入る。これを使って熱した牛乳を適度なスピードで冷やすことが出来る。
 
乳酸菌、酵母を0.01g単位で独自に調合、地元千葉のものを加えて純日本産、千葉産を目指す。最高のチーズを作るには素材に妥協はしない。たとえば、使用される塩は1kgあたり1万円もする伊勢の塩。この塩の持つミネラルは殺菌で失った旨味を補える力のある塩なのだ。3ヶ月間毎日手塩をかけて熟成させたプレミアムなチーズは1個1500円。いたずらにつけた値段ではなく、その素材、手間暇かけた製造工程、なによりも千代さんの学んできた知識と経験が産んだ、まさに職人ならではの賜物である。
 
拝見させていただいた日のチーズは、モッツァレラチーズだった。酪農家から受け取った搾りたての牛乳をすぐに作業に入る。常に温度管理、糖度管理が行われそれら数字を明確にしながらまた時間も秒単位で牛乳をコントロールしていく。製作中の千代さんの動きには全て意味がある。そして常に微生物たちと会話をしながら、チーズへと変わっていく牛乳を育んでいく。
 

温度管理されたお湯に浸して練ることでこんなに伸びるのです!


今年の秋は台風と突風、大雨がたて続けに襲った房総半島。千代さんの民家も屋根が飛ばされ部屋の中は水浸し。工房も7日間にわたる停電で大きく被害を被った。しかしそんな中イタリアのベルガモから嬉しい知らせが届いた。その、瀕死の状態の工房で作り送ったチーズが世界第3位のブロンズを受賞(World Cheese Awards 2019)。日本一に並んで大きな成果が舞い込んだのだ。


引っ張るとスパッと切れる。この一直線に切れるのがおいしさの証。

 
チーズ工房「千」は毎月第一日曜日のみオープンする。この古民家という場所を活かして、同様に千葉で手作りにこだわる工房が集まってちょっとしたマルシェになる。12月1日、この日も静岡から駆けつけたお客さんもいた。都心からも海ほたるを経由して、養老渓谷やいすみ鉄道を見にドライブを合わせてこのマルシェを訪れるのもいいだろう。

ただし!確実にチーズ職人千代さんの作るチーズを手に入れるならば事前に予約した方がいい。チーズは午前中にほぼ完売してしまうほど人気なのだ。世界一になった時のスピーチは、フランス語ですでに頭にあると言う千代さん。それが叶う日はそう遠くないだろう。

https://fromage-sen.com

写真&文:櫻井朋成 Photography&words: Tomonari SAKURAI

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