20周年を迎えたAudi TTを100周年のバウハウスとともに回顧する|伝統と革新が積み重なる瞬間へ

Audi Japan

ミュンヘン空港のアウディ・フォーラムで借り出した最新のAudi TTS Coupéは、Audi exclusive 特別色の鮮やかなソーラーオレンジのボディをまとっていた。ミュンヘンからデッサウへ向かう道すがら、時折、薄日が射すとはいえ、11月のドイツの曇天の下で、このAudi TTS Coupéの凛としながらも温かみある存在感は、路上で際立っていた。

1999年に日本市場に導入された初代Audi TTは、まったく新しいスポーツカーにして「バウハウス的なデザイン」と評され、世界中にセンセーションを巻き起こした。それから早20年。今や3世代を経て現行Audi TTは、コンパクトでありながら日常的に乗れる万能のスポーツカーとして確たるポジションを築き上げた。メディアをはじめ、あらゆる方面からバウハウス的と評されたそのデザインは、その時、新たに何を試し、何を提案しようとしていたのか?Audi TTが20周年を迎えた今、まさに100周年を迎えたバウハウス・デッサウ校を訪問することで、その謎を追ってみよう。

時に議論を呼ぶ大胆さが、なぜデザインに必要か?

バウハウスは元々、ワイマール大公国の美術学校の中で、アーツ&クラフツ運動やアール・ヌーヴォーといった、英仏の工芸や建築における新潮流の影響下で興った「工芸ゼミナール」に端を発っする。だが第一次大戦後の動乱期にあって、ワイマール大公国からワイマール共和国に体制が移行する中、1919年にバウハウス・ワイマール校が創立されたものの、インダストリアル・デザインと大量生産を志向し始めた初代校長ワルター・グロピウスは、当時としては大規模な工業化が進んでいた隣町のデッサウにバウハウス移転を決める。

そして自ら設計を担当した校舎が、今もバウハウス建築の象徴となっているデッサウ校だ。ナチスの時代に迫害されたバウハウスはその後、アメリカやイスラエルでおもに建築の分野で命脈を繋ぐが、20世紀半ば以降も世界中のモダン建築やインダストリアル・デザインに決定的な影響を与えたドイツ発のムーブメントとして、その名を歴史に刻んだのだ。その聖地といえる場所が、デッサウ校なのだ。

優れたトラクションと直進安定性でもって、高速道路でまさに水を得た魚のごとく進むAudi TTS Coupé。

ミュンヘンから、目指すデッサウまでは約450km。大半の道程はアウトバーンで、スタッドレスタイヤ履きとはいえ、ひと桁そこそこの気温の中でロングツーリングにスポーツカーを駆り出すのは、それなりの心理的プレッシャーがある。橋の上のような路面の部分的な凍結も考えられる。

だがAudi TTS Coupéは、quattro四輪駆動システムでもって、安定感たっぷりにアスファルトを蹴り続ける。クルーズ時はFFに近い安定したトラクションを発揮しながら、合流など加速する場面では後輪側で強く押し出すフィールがシートを通じて伝わってくる。スタビリティと機敏さが破綻なく交じり合っているのだ。

突き上げを巧みに抑える乗り心地や、2名分のスーツケースを軽々と呑み込むラゲッジルームといい、スポーツカーとして望外の快適性と実用性を備えている。それでいて凡百のGTカーとは一線を画す、コンパクトさというか手の内の収まりよさは、替えの効かないものだ。 安心感はあるが、スポーツカーとしてレスポンスに欠けることなく、ステアリグを握っていて退屈しない。かくしてデッサウに着いた時点でも、予想以上に疲れが少ないことが印象的だった。

オクタン日本版編集部

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