実際、今回の移動で感じられたことだが、Audi TTSは広く使いやすいラゲッジスペースをはじめ、スポ―ティでありながら長時間にわたって身体を快適に支えるシートや、適度にタイトだが圧迫感のない居住空間、走行中に必要な車両情報やナビゲーションなどのインフォテイメントを一元的に集約してアット・ア・グランス化したメーターパネルなど、スポーツカーとしては望外とも思える実用性を確保していた。それは、スポーツカーは速く走ることでドライビング・プレジャーをもたらす単機能的な快感装置、それだけではない。長い旅をこなす最中にも、日常的にA地点からB地点への移動をする機会にも、スポーツ・ドライビングを安定して継続的に楽しませてくれるライフ・アイテムでありパートナーであるという、もっと親しみやすく頼りになる、そんな存在感だ。
スポーツカーの価値観が絶対的パフォーマンスか、どれだけリアが流れてコントローラブルでいられるか、そんな風に決められていた時代に、quattro四輪駆動システムによる強烈なスタビリティと効率を備えて現れたAudi TTの革新性は、この辺りにある。当時はユーノス ロードスターの成功に刺激されて、ドイツの各自動車メーカーが2シーターのオープンやクーペを、ポルシェは念願のミドシップであるボクスターを、BMWは古典的FRのZ3を、メルセデスは電動開閉ルーフで快適性の高いSLKを、それぞれ提案していた。
その中で独特のAWDシステムをインテリジェント制御することで、高いスタビリティとエフィシェンシーを強調した初代TTは、21世紀的なスポーツカーの何たるかを、積極的に示していたといえる。もっといえば、2000年代から2010年代を通じて進んだ、スポーツカーのハイパワー化と高度な制御によるAWD化において、TTはテクノロジーとしてもデザインの面でも、先駆的な役割を果たしたのだ。
「今のAudi TTにも初代のDNAが入っていると、結果的ではありますが、よくいわれます」
そうグラントは語る。彼自身、初代TTがデビューした頃のアウディのデザイン言語に強く魅了され、2000年よりアウディに入社。2世代目A8(D3)や初代Q7を手始めに、2世代目A3やそのすべてのファミリー、先代A1といったコンパクトから現行のQ3やAudi TT Coupé やAudi TT Roadsterまで、アウディ独特の無駄のないクリーンなデザインを創り上げてきた。
「初代Audi TT Coupé 、そしてAudiミュージアムで見たAudi TT Roadsterのプロトタイプは、きわめて明快に幾何学的なプロポーション、グラフィックを採っていた。デザイン言語からいえば、実験的であることを強調した一台だったといえます。建築とクルマのデザインで著しく異なるのは、後者は静的な状態の中にダイナミズムを表現する点です。静止状態でも動きを予感させるものでなくてはならないし、逆に走っている最中にも安定感を感じさせるものでなくてはならない。Audi TT Roadsterから初代TTが生み出された当時、アウディの動的クオリティを代表するテクノロジーは当然、quattro四輪駆動システムでした。モーションとスタビリティの両義性を、吟味を重ねた素材やミニマルな線、目にしたことのないボリューム感といった各要素のシンビオーズ(有機的結合)が表れているからこそ、初代TTはセンセーショナルだったのだと思います」
グラントは初代TTから今日、そしてこの先にも引き継がれるであろうアウディのデザイン・クオリティとして、「クリアでタイムレスであること」を挙げる。人の生活や情緒に寄り添いながらも、時間の流れの中で古びない確たる価値観を打ち立てているからこそ、Audi TTはバウハウスの伝統に連なる革新的プロダクトといえるのだ。
文:南陽 一浩 Words:Kazuhiro NANYO
写真:アウディ ジャパン Images:Audi Japan
Audi TTS Coupé
ボディサイズ:4200mm×1830mm×1370mm
ホイールベース:2505mm
駆動方式:quattro(4WD)
エンジン型式:TFSIエンジン
最高出力: 286ps/ 5,300-6,200rpm
最大トルク: 380Nm/1,800-5,200rpm
総排気量:1984cc
本体価格:814万円
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