車好きでなくても楽しめる!『フォードvsフェラーリ』2020年1月10日全国ロードショー

©2019 Twentieth Century Fox Film

巨大企業フォード・モーターは、経営再建への大きな賭けとして、ル・マン24時間での勝利を画策する。手っ取り早い手段は、常勝軍団フェラーリを買収することだった。だが、その計画が反故になり、フォードは多くの人々を巻き込みながら、勝利を手にすることに……。1960年代中盤の、史実に忠実な映画が2020年1月に公開される。

オクタン読者の中にも、ケン・マイルズというドライバーの名前を知らない方がいるかもしれない。激しいメーカー間の争いに巻き込まれ、F1の経験もあり、耐久レースにおいて前人未到の戦績を残す直前で、勝利を奪われてしまった男である。
 
英国人のマイルズは第二次世界大戦でイギリス陸軍に配属されたが、戦後はVSCC(ヴィンテージ・スポーツカー・クラブ)で活躍。やがてフォードV8搭載のフレイザーナッシュのステアリングを握るようになる。その後、カリフォルニア州ロサンゼルスに移住。1953年、SCCA(スポーツカークラブ・オブ・アメリカ)レースに参戦以降、自身でデザインしたMGAベースのスポーツカーを駆って、なんと14連勝を果たした。
 
ドライバーとエンジニアの両面において優れたスキルと才能をもつマイルズは、1960年代初頭にシェルビーコブラ・レーシングチームにとって、なくてはならない存在になっていた。クセの強いバーミンガム訛りと、ニヒルなユーモアセンスを持ち合わせたマイルズは、何かにつけて紅茶をたしなむので他のレーシングクルーから「テディ・ティーバッグ」という愛称で呼ばれていたらしい。一方でマイルズは、実はサーキットでの礼儀作法にも定評があり、「西海岸のスターリング・モス」と称されることもあったという。映画「フォードvsフェラーリ」の主人公の一人は、このケン・マイルズという孤高の男なのである。
 
さて、映画の話に移ろう。時は1963年、アメリカでのことである。
 
アメリカ全体のモーターリゼーションを支えてきたフォード・モーター社は、第二次世界大戦後には大衆車だけでなく高級車までを製造する巨大企業になっていた。だが1960 年代に入ると慢性的な赤字状態が続き、経営危機に陥っていく。

「世界中の若者を惹きつける何かがほしい」。そう考えたフォード・モーター社長のヘンリー・フォードⅡ世は、革新的な新型スポーティカーの投入と、アグレッシブなブランドイメージを訴求するため世界的なモータースポーツで勝利するという2つの計画を立てた。前者はリー・アイアコッカが生み出した名車マスタングであり、後者は世界一の耐久レース、ル・マン24時間への挑戦である。
 


フランス中部のル・マン市にあるサルト・サーキットで開催される世界一過酷な耐久レースは、一般道を組み合わせた全長約13.5kmという長いコースが舞台となる。ストレートでの最高速度は約200mph。複雑なコーナーも組み合わされるので、この競技に勝つことは即ち、「世界最高のレーシングチーム」の称号を獲得することと同義であった。


 
資金力に長けたフォードは手っ取り早くル・マンでの勝利をつかむ方法として、当時常勝チームであったフェラーリに買収話を持ち掛ける。フェラーリはレース経験が豊富で、しかも優れた技術力をほこっていたものの、モータースポーツへの過剰投資等により経営状態はかなり厳しいものであった。オーナーのエンツォ・フェラーリは、一旦はフォードとの交渉の席に着いたが、最終的には契約書類にサインをせず、交渉人であったリー・アイアコッカに罵詈雑言を浴びせて追い返した。これに怒ったヘンリー・フォードⅡ世は「モータースポーツ史上最高」とも言われる多額の投資により、自らマシンを開発してル・マンに参戦することを直ちに決意した。これによって生まれたのが「フォードGT40」である。

文:堀江史朗(オクタン日本版編集長) 写真:©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation Words: Shiro HORIE (Octane Japan) Images:©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

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