激動の時代に新たな市場を開拓したフェラーリ│歴史に残るエンジンを保つ

Photography:Evan Klein



分かっているのは、ヴァノンが1955年に500モンディアルを売却したことだ。新オーナーはフランスのジェントルマンドライバー、ジャン・プロスペー・ピジェだった。当時、彼はすでにクラシックカーのコレクションを始めており、ヴォレ・スル・ロワールのシャトー・ド・マルジェに見事な戦前の車を収蔵していた。500モンディアルは再登録されて746 BZ 43のナンバーとなり、それから47年間、戦前のブガッティや他のフェラーリと共にシャトーで保管された。ピジェは理想的な所有者だった。500モンディアルを大切に保護して、時折ドライブする以外はほとんど使わず、全体の再塗装やレストアも行わなかった。コレクターが夢見る完璧なタイムワープの状態で維持したのだ。

2002年、アメリカのエージェントを通して著名なフェラーリコレクターが購入し、500モンディアルの3人目のオーナーとなった。アメリカに渡ると、すべてのメカニカルパーツは慎重に分解、清掃された。交換したのは漏れや腐食のあるホースやブッシュなど、どうしても必要なパーツのみで、到着時の状態を変えるような塗装やメッキは施さなかった。エンジンに関しては手を掛けたが、あくまでも本格的な整備を超えるものではない。



こうして2003年1月、0422MDは再びクラシックカーシーンに登場し、大いに注目を集めた。フロリダのパームビーチでカヴァリーノ・クラシックに参加し、コッパ4チリンドリ(4気筒カップ)とプリザベーションカップの栄誉に加え、クラス別でもシルバーを受賞したのだ。2回目のコンクールは2004年4月、セブリングで開催されたフェラーリ・クラブ・オブ・アメリカのナショナルミーティングで、ここでもクラス銀賞を獲得した。 

その後しばらくは姿を現さなかったが、2012年8月にカリフォルニアのペブルビーチに登場。木曜日にはツール・デレガンスを完走し、日曜日のコンクール・デレガンスでは、FIVAによる戦後プリザベーションクラスの最優秀賞に輝いた。ノーズを飾っていたのは、あの運命のツール・ド・フランスのために取り付けた4個のマルシャル製ライトだ。



65年という歳月を経ているにもかかわらず、この500モンディアルは奇跡的に手付かずの状態を保っている。当時のイタリアの職人技がそのままの品質で残され、不必要な研磨やメッキは施されず、他の多くのクラシックカーと違ってレストアも受けていない。レーシングカーとして最高の経歴を誇るとはいえないが、その歴史的な重要性は明らかだ。フェラーリを初めてF1世界チャンピオンの座へと押し上げたのと同じタイプのエンジンを搭載しているのだ。

あの激動の時代、レーシングカーとロードカーは密接につながっていた。500モンディアルは、それを他のどのモデルより明確に体現している。エンツォ・フェラーリは、新ルールがもたらしたエンジンの再設計という難題を逆手に取って、新たな市場を開拓した。その先見の明と不屈のスピリットがこの車の中に生きている。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Massimo Delbo Photography:Evan Klein

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