2020年1月30日でマツダ100周年!はじめて生み出した4輪車を振り返る

RM Sotheby's

2020年1月30日、日本が世界に誇るブランドのひとつマツダが創立100周年を迎えた。創業者である松田重次郎は、12人兄弟の末っ子として1875年に広島で生まれた。裕福な家庭ではなく正規の学校には通えず、満13歳で大阪へ出て、住み込みで鍛冶屋で働く。そうして、「機械工業こそ自分の本業」という想いが彼の中に芽生えた。「より高度な技術を習得したい」と、自ら造船所や砲兵工廠などさまざまな工場を渡り歩き、自分の仕事の合間にも工場をくまなく見学して、機械やモノづくりについて自分なりの研究を重ねていったという。

31歳の時には、「松田製作所」を大阪で開業した。わずか10坪ほどの牛小屋を借りてのスタートで、数々の挫折を繰り返しながらもそれをバネに、既存の商品を徹底的に研究、改良した「専売特許松田式ポンプ」を世に送り出す。「よい機械を使わないと世間に喜んでもらえるモノは造れない」との考えから工場にも新しく高性能な海外製の製造機械を積極的に導入するなど、モノづくりへの情熱は人並みではなかった。

1918年には「広島松田製作所」設立、1920年には「東洋コルク工業」に参画し成功をおさめていった。1923年、関東大震災をきっかけに三輪トラック製造に目を付ける。自社開発にこだわり、量産型 三輪トラック マツダ号「DA型」を生み出した。



そして、マツダが現在の四輪車ブランドとして知られるようになるはじまりは、1960年5月28日に発売された軽自動車のR360クーペであった。戦後はじめて、“クーペ”を名乗った車でもある。軽量アロイパーツをモノコックボディに採用し、約380kgという車重で当時最も軽い車だった。サスペンションは、4輪ともにトレーリングアームの独立懸架で、エンジンはマイクロカーとしてははじめて4ストロークを採用。エンジンブロックにはアルミ合金を用いて軽量化に貢献した。



30万円という価格もあり、登場と同時に人気を博す。発売初年度だけで2万台を超え、6年間にわたり生産された。自動車ブランドとしてのマツダを築く一台となり、日本の自動車業界にも大きな影響をもたらした存在であろう。このR360 クーペをはじめとし、マツダはファミリアやルーチェ、コスモスポーツ、といったような名車を次々と生み出してきたのである。

今でもマツダの「人々に貢献し、快適性を提供する」というコンセプトは変わらず、世界中で支持されてきている。100年を迎えたマツダが、どのような車でこれからも人々を魅了してくれるのであろうか、期待していきたい。

オクタン日本版編集部

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