めったにない貴重な体験!│甘美なサウンドを轟かせる伝説のフェラーリに試乗

Photography:Drew Gibson


 
写真を撮影するための低速走行を時間の無駄と考えるジャーナリストもいる。だが私はこの時間が好きだ。実際の使い勝手や性格など、ドライブする車について様々なことが分かる。1速はダッシュボードにぶつかりそうな位置にあることや、大きな軽量穴を開けたハンドブレーキがダッシュボードの下から生えていること。低速でもステアリングがそれほど扱いにくくないことや、ダッシュボード上のバックミラーが微塵もぐらつかないこと、リバースは見つけにくいが、いったん分かれば簡単に入ること…。すべてにおいて一切遊びはないが、同時に優美で繊細にすら感じられる。これで24 時間に及ぶ激しいレースを持ちこたえたとは、とうてい信じ難い。
 
撮影が済み、いよいよこのマシンの真の実力を探るときが来た。すると当然ながら、はるかに多くのことが見えてきた。優美で繊細な印象が、正確な鋭い応答性に変わる。その最たるものがバルクヘッドに取り付けられたスロットルペダルだ。フットウェルには十分な空間があるので、ステアリングコラムに邪魔されずに足を自由に動かせる。5速に入れれば優雅にクルーズできるが、そこに至るまでは回転計の針が勢いよく上下に跳ね回る(最後に刻まれた8000rpmまで回す勇気はなかった)。


 
私はついに意を決して、音が届かないサーキットの奥で2速に入れてみることにした。すると意外にもすぐに見つかった。1速から2速へと重いレバーをぐいっと動かすと、抵抗はあったが、気持ちよく入ったのだ。途端に、この車を楽しむ新たな可能性が大きく広がった。シフトを動かすたびに変速が楽になっていく(といってもダブルクラッチの楽しさは捨てきれないが)。私は、この車はほかの166とは違うと考え始めた。
 
共に過ごす時間が増えるにつれて、頑固なギアボックス同様、ブレーキもそれほど問題ではないことが分かってきた。のちの時代と比べれば劣るのは確かだ。しかし、技術的な制約で、制動力と走行性能のギャップが加速度的に広がっていた時代の車とは思えない性能なのである。また、ステアリングは滑らかだし、短いホイールベースと狭いトレッドからくるバランスも申し分ない。鋭角コーナーは軽やかな足取りで駆け抜け、流れるような高速コーナーもつま先立ちで難なくこなす。低い位置に座るドライバーが車重の一部となり、そこを支点に回転するので、絶妙のハンドリングなのだ。しかし、何といってもあの輝かしいV12の甘美な咆哮に勝るものはない。スムーズでありながらスリリング、テリアのように血気盛んだが、ラブラドールのように協力的だ。
 
この車はまさに傑作だ。セルスドン男爵がル・マンでドライブできないほど体調が悪かったのだとしたら、私は心から同情する。今なら、何を経験し損ねたのかよく分かるからだ。もし自分の意志で拒んだのなら、何とも惜しいことをしたものだ。私なら梃子でも動かない。事実、私をコクピットから引っ張り出すのは容易ではなかった。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:James Elliot Photography:Drew Gibson

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